大地の民、太陽を追う
爺ちゃんの爺ちゃんはフランスからの移民で、パタゴニアでの『砂漠の征服作戦』でマプチェ族と共に戦った誇り高い人だという。
俺の祖先達は敗れ、アルゼンチンへと移り住んだ。
爺ちゃんの爺ちゃんが何を思って征服者たる当のアルゼンチンで暮らそうと決めたのかはわからない。
けれど俺は、その巡り合わせに感謝している。
この地にいたから俺は、俺のantv-太陽-と出会えたのだから。
アルヘンティノス・ジュニアーズは9軍から1軍まである、俺の爺ちゃんの爺ちゃんが戦っていた時代まで起源を遡れるくらい歴史のあるチームだ。
あのマラドーナも、“レジェンド” クラウディオ・ボルギ監督もいたチームだ。
そんなチームで、我が相棒でアルゼンチンが生んだ天才、ファン・ディアスは全てをすっとばして1軍での契約を取り付けた。
さすがに名門チームでは奴のわがままは通用せず、それでも俺は2軍契約を果たした。
2軍でプレイしてわかったことは、プロの強さではなくディアスの凄さだった。
俺は、ディアスのトップスピードについていけないことを悲しく、情けなく思っていたけれど、2軍での俺はチームの誰よりも速く動けたし、正確なパスとカットを繰り出した。
ディアスと離れて、改めて『ディアスと共に走る』ことの意味を、俺は知らされた。
身長も年齢もいちばん低い俺に勝てないチームメイトは、差別と暴力という形で俺に対抗してきた。
監督やコーチにわからないよう、じゃれ合っているフリをしながら殴り、耳元で『アラウカーノ』と俺を呼んだ。
次第に、どれだけ嫌がらせをしても泣きもせず反応もしない俺に対し、より躍起になって嫌がらせをする奴と、飽きてやめる奴とに分かれ始めた。
飽きてやめた連中とは少しずつ話すようになり、理解と謝罪と友情を得ることができた。
俺がいちばん嫌がらせを受けていた時に、止めることもしないが嫌がらせをすることもなかった、キャプテンのアンドレスは特に、兄貴のように俺を見守り、何かと気にかけてくれた。
俺のプレイがフォワードにしては控えめだと、アンドレスは心配した。
嫌がらせの主犯が現在の我がチームのエースだから遠慮しているのか、と。
俺は笑って答えた。
「違う。俺のプレイは、あくまでディアスを活かすことを主軸に考えている。今はディアスと離れているから、チームのエースであるカレルを活かすために動いている。それだけだよ」
そうか、とアンドレスは安心したような顔になる。
「今はフォワードがシュートだけ決めてりゃいい時代じゃないから、それもいい。まあでも、シュート力はあるに越したことないがな」
お前のシュートは弱過ぎる、と豪快に笑われ、俺はちょっとムッとする。
「サッカーはパワーじゃなくてテクニックだよ! 見てろよ、今度の試合では点を取ってやるから!」
相棒の言葉を借りて啖呵を切ると、アンドレスは腰に手を当て、ふんぞり返って言った。
「ハッハー! お前のへなちょこシュートで勝利点をもぎ取れるなら、エスタンシアでもガーディナーでも連れてってやるよ!」
エスタンシアもガーディナーも、ブエノスアイレスにある高級レストランだ。
次の試合は我がチーム最大のライバルであるCAオールボーイズとの対戦。
俺はアンドレスを指差すと言った。
「ああ、アンドレスの財布を空っぽにしてやるよ! 楽しみにしてな!」
その日は雲ひとつない快晴で、日差しも強く、冬にしては珍しく暖かな陽気だった。
おかげで最年長でゴールキーパーのアンドレスの体もよく動いたものの、条件は当然相手チームも同じわけで、後半15分まで0対0の膠着状態が続いていた。
チームのエース、カレルのパワーシュートも相手のキーパーに弾かれまくっている。
俺も前衛であることにとらわれず、縦横無尽にフィールドを駆け回り、パスを回すが、なかなか決定打が打てずにいた。
こんな時、ディアスならどう攻めるだろう、と思うが、すぐにその考えを消す。
ディアスなら誰よりも高く跳んで身をかわし、少しの隙間もかい潜ってシュートを決めるだろう。
けれど、今のチームに、ディアスみたいに動ける選手はいない。
このチームはエース特化ではなく、あくまでもチームプレイを基本に動いている。
と、ミッドフィルダーのレアンドロとギレリュモが巧みなワンツーで相手ディフェンダーを抜き去り、上がってくる。
カレルには、警戒されてかマークが2人。
もう1人のディフェンダーと、ボールを持ったレアンドロが激しくぶつかる。
ギレリュモがカレル側に動くと同時に、俺も逆サイドへゆっくり動く。
ギレリュモがこぼれ球を拾った瞬間、俺とカレルはダッシュをかけた。
「「ギレリュモ、こっちだ!」」
俺とカレルが同時に声を上げる。
その声に相手のディフェンダーの1人が一瞬とまどってカレルから引き離され、ターゲットをギレリュモへと変える。
ギレリュモはディフェンダーを引きつけるだけ引きつけ、カレルにパスを送ろうとする。
釣られるようにもう1人のディフェンダーがカレルに張りつく。
瞬間、ギレリュモが体を反転させ、俺に向けてパスを繰り出した。
矢を射るように高く弧を描いて落ちてくるパスに走りこみ、相手が俺の身長では無理だと判断している高さの時にジャンプし、食らいつくようなヘディングを放った。
ピッタリのタイミングで放たれた俺のシュートは、キーパーの逆サイドに突き刺さった。
俺のシュートが決勝点となり、試合は1対0でアルヘンティノス・ジュニアーズが勝利した。
俺はチームメイトからもみくちゃにされ、少し面白くなさそうなカレルともハイタッチを決めた。
アンドレスがその光景を見てニヤニヤしながら近づいてきた。
「約束、守れよ」
俺が得意げにふんぞり返って言うと、アンドレスは俺の頭を小突き、
「何言ってんだ。ありゃ、お前のテクニックっていうより、ギレリュモのテクニックだろ」
「何だそれ、きったねー!!」
「まあ、勝利点を上げたのは誉めてやるよ。予約していたガーディナーは取りやめだが、晩飯くらいは奢ってやる」
アンドレスがニヤリと笑って言うので、俺は「予約なんかしてないくせに」と悪態を吐いた。
後日、自主練習を終えてデスニベルに向かうと、アンドレスは既に来ていた。
「おいおい、奢るとは言ったが、何で2人に増えてるんだよ」
アンドレスは、笑う俺と、俺の隣で同じく笑って片手を挙げるディアスを見て呆れたように言った。
「たまたまオフが合って、たまたま一緒に練習してたんだよ」
「あんたにとっても、俺と一緒の時間を過ごすことは悪くないはずだぜ」
ディアスが言うと、アンドレスはバチンと目を抑え、空を仰いだ。
「かーーーーっ! 何だろうね、この生意気さは。……わかった、ディアス。『俺と』過ごすのがお前にとっても悪くない時間にしてやるよ」
アンドレスはそう言い返してニヤリと笑うと、俺達を招き入れるように扉を開けた。
fin
作品名:大地の民、太陽を追う 作家名:坂本 晶