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未来福音 序 / Zero―金は無くとも―

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「え、なんですか? 所長」
 書棚を整理していて見つけた怪しげな置物を手に取ったところで、書類と睨み合う橙子さんがこちらに向かって何か言ったが、聞き取れなかった。
「いやな、黒桐、前に未来視の少女を相手にしたことあっただろ」
「―――」
「なんだ、その物言いたげなため息は。言いたいことがあるならはっきり言いたまえ」
 などと宣う橙子さんに恨めしげな視線を送りつつ、思いの丈を述べた。
「それじゃあ、言わせてもらいますけどねえ、ここんとこの給与未払い問題はどうなってるんですか。一ヶ月ならまだ我慢できましたよ。それが」
 二ヶ月目、
『すまん、黒桐、今月も金が無い』
 三ヶ月目、
『すまん、黒桐、今月も金が無い』
 四ヶ月目―――
『すまん、黒桐、金貸してくれないか?』
「どういうことですか! 最後の台詞なんて完全に雇用者のそれじゃないですよ!」
 おかげで、一度ならず二度までも学人に金を無心するはめになった。
 気炎を上げて説明したからか、橙子さんは流石に涼しい顔でいられなくなったみたいで、そっぽを向いて少し気まずそうにした。
「全く、君の狭量さには参らされるよ。二十一世紀を担う若者がこれでは、この国の行く末が心配だな」
 前言撤回。
きっとこの人は心底呆れ顔をしているに違いない。
橙子さんはそう言うと、お気に入りの台湾製のタバコを口にした。ちなみに味は悪いらしい。
「あなたの口から国家を案じる言葉が出るとは思いませんでしたよ。まったく、ええと、それで何の話でしたっけ?」
「ほら見ろ、君が下らない話をしたせいで肝要な部分を忘れるところだった」
「今僕にとって一番肝要なのは財政危機なんですよ」
「分かった、分かった。幸い今月は人形の売れ行きもいいし、今までの未払い分なら出そう」
「ほんとですか?」
 思わず、橙子さんの席に駆け寄った僕の目の前に、手のひらが突きつけられた。
「まあ、待て。こっちだって無理をしてるんだ。一つ頼まれごとをしてくれ。そうすれば、きっちり払おう」
 そもそもこちらには何の非もないので、譲歩する理由は無いのだが、背に腹は代えられなかった。
「わかりました。それで、頼み事ってのはまた静音ちゃん絡みですか?」
 あの子なら、また厄介事に巻き込まれていても不思議ではない。
「いや、今回は違うよ。未来視に悩まされているのではなく、未来視を喪ったことに向き合えていない者がいてね。ほら、覚えてるだろ? 去年、観布子を騒がせた爆弾魔」
 その事件ならまだ記憶に新しい。ちょうど僕が静音ちゃんの相談に乗っている間、式がその爆弾魔とやりあったんだっけ。式は、とにかく未来視の能力は奪ったから問題ないとか、随分苛立たしげに話してたけど。
「え、まさか、僕にその爆弾魔のカウンセラーでもしろと?」
「安心しろ。彼も今は普通の朴訥な男子高校生だよ。ただ、学園生活に馴染むのは少々ハードルが高かったようでね。そもそも私が彼の保護観察官だったんだが、すっかり音信不通になってしまった」
 この人、式の時は言語療法士をやっていたし、今度は保護観察官か。いくつ顔があるんだ。
「式にしろ、巫条にしろ、その静音にしろ、こういう手合には君の方が向いているらしい」
 向いているかはともかく、特殊な人間と関わることは確かに多かった。
「わかりました。やってみます。その少年については、式から聞いた断片的な情報しか無いので、もっと情報が欲しいですね」
「ああ、そう思ってここに彼に関する書類をまとめておいた。ま、多くないがね。もし見て、気になることがあれば、私に聞いてくれ。答えられるかどうかは保証しないがね」
 薄っぺらい封筒を受け取り、早速中を読もうかと思ったその時、
「あ、ごめん。コーヒー入れてもらえる? 幹也くん」
 タバコの火を消し、眼鏡をかけた所長がマグカップをこちらに差し出した。

**   **

「何やってんだ、コクトー」
 冷蔵庫から水を取り出した式は、ベッドに腰掛けて僕の眺める書類を覗きこんできた。
「・・・・・・、なんだってコクトーがこんなの見てるんだ?」
 式は少し不機嫌そうに言った。
「うん、頼まれごとでね」
「また橙子のやつか。全く、あいつの言いなりになってると身がもたないぞ」
「はは、でも橙子さんは上司だからね。それに、今回は僕が直接なんとかする問題じゃないと思うんだ」
 そう言って僕は書類を封筒に仕舞って、立ち上がった。
「なんだ、泊まっていかないのか」
 少し恨めしそうにな式の態度には後ろ髪を引かれた。
「うん、そのつもりだったけど、少し準備したいこともあるしね」
 帰って大輔兄さんにも連絡を取らないと。
 式は何も言わず、ムスッとしたままだったが、僕が部屋を出ようと扉を開けると
「やばくなりそうだったら言えよ」
 と、聞き取りにくい優しい言葉が飛んできた。
「うん、僕は君無しではだめだからね」
 そう言うと、式は布団にくるまってしまった。