二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

鏡花水月

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 真新しい制服のスカートを翻して、雛森はその場でくるりと一回転すると「どう?」と満面の笑顔で首を傾けた。
 「何が『どう?』なんだよ。高校の制服なんてみんな同じようなモンだろ」
 「もう、シロちゃんったら」
 途端に唇を尖らせる雛森を、冬獅郎は横目で眺めた。グレーのブレザーに赤いリボンが映える。あの寝ションベン桃も、こうして見るといっぱしの女子高生に見えなくもない。
 「少しはお姉さんっぽくなったでしょ」
 「……変わんねーよ」
 視線を外して、冬獅郎は素っ気なく言い捨てた。見上げた空は昨日の雨の面影もなく晴れ渡っている。天気予報によれば、今日は一日春の陽気で雨の心配もないらしい。
 「ほら、早くしねえと遅刻するぞ」
 「うん、行ってくる!シロちゃんも遅刻しないようにね!」
 おめーじゃねえんだから大丈夫だ、と遠ざかる背に言ってやれば、雛森は案の定眉を寄せて振り返ったので、冬獅郎はすかさず笑顔で手を振った。それに大げさに手を振り返した雛森に思わず苦笑する。春めいた風が吹き抜けて、どこからか桜の花びらが舞い降りた。今日は良い入学式になるだろう。雛森の姿が完全に見えなくなるまで、冬獅郎はずっとその背を見つめていた。

 隣に住む雛森の両親が亡くなって、ちょうど二年になる。最初はそれこそ目も当てられないほどの狼狽ぶりで、葬儀中に何度となく取り乱しそうになる雛森を必死にとりなしたりもした。隣同士のよしみで雛森にはずいぶん世話になっていた。姉代わりと言ってもいい。冬獅郎の養父母も突然の悲報に心を痛め、桃ちゃんは家族も同然なのだからうちで一緒に暮らそうと何度も持ちかけたのだが、雛森は頑として首を縦に振らなかった。雛森には、引き取ってもらえる親戚もいなかった。親の残した貯金もありますから、と雛森は言った。中学を卒業したら働けますし。大丈夫です。どうしてそこまで意固地になるのか分からなかったが、養父母は雛森がもう少し落ち着くのを待つ事にして一旦引き下がった。
 しかし一月ほど経ったある時から、雛森に援助をする者があらわれた。綺麗な筆跡で書かれた封筒の中には銀行の通帳とカードが入っており、毎月いくらか振り込むからそれで生活しなさいといった文面が書かれていたそうだ。久し振りに生きた表情をした雛森が大事そうに手にしていた白い封筒の差出人欄には、藍染惣右介という文字がはっきりと見えた。

 何の疑いも抱かない雛森を心配し、冬獅郎は暇な夏休みを丸々費やして藍染惣右介を調べた。夏休みの宿題など一週間もあれば片がつく。冬獅郎は学校はじまって以来の天才児ともてはやされていた頭脳を駆使し、インターネット上のあらゆるデータベースに潜入したが、それらしい名前は一向に現れない。偽名であるのは確かだろう、一度盗み見た差出人の住所も調べたがただの空き地だった。日ごと不安が体積を増してゆく。連日連夜の作業に睡眠不足の冬獅郎を見て、夏休みだからって夜更かししちゃだめだよ、勉強ばっかりしてないでたまにはどこか遊びに行こう、などと言う雛森の表情はとても幸せそうに見えた。
 そんなある日、雛森が久しぶりに藍染の名を口にした。彼の人の事を語る時の雛森は、見た事もない穏やかな顔をする。冬獅郎の不安は増すばかりだった。激しい焦燥感に冷や汗が出たが、何も言う事ができない。そして彼女は、そっと自分の胸に両手を当てて言った。
 「私ね、藍染さんに会ってみたいとは思わないの。ここにいるって、わかるの」
 はっと胸が締めつけられた。冬獅郎は悟ってしまった。藍染惣右介などという人間はいないのだ。だってあの筆跡は雛森のものだった。書道コンクールで金賞を取った、あの柔らかく穏やかな字だった。それに気付かないふりをしていた、気付かなかった事にしていたかったのだ。しかしもう駄目だ。雛森の笑顔が、どうしようもなく眩しいのだ。
 「……そうか」
 精一杯振り絞って出した声は震えていなかっただろうか。握りしめた拳が痛い。それに気付く様子もなく、雛森は夏特有のまどろんだ空気の中でうんと深呼吸をした。雛森に問いただしたい衝動を振りきるように、冬獅郎は勢いよく顔を上げた。
 「それより、暇ならどっか行こうぜ」
 「え?」
 「たまには遊びに行こうって、お前こないだ言ってたろ。仕方ねえから付き合ってやる」
 驚いた雛森の表情が一気に明るくなる。
 「うん、行こう!」
 手を取って走り出した雛森に、放せなどと怒鳴りながらひどく切ない気持ちになった。これを壊す事は死ぬほど恐ろしく思えた。壊したくない、壊してたまるか。
 それ以来、冬獅郎は藍染惣右介の調査をいっさい放棄した。こいつが笑っていられるならそれでいいのだと、繋いだ手のひらに誓った。

 角を曲がって雛森の姿が完全に見えなくなってから、冬獅郎もランドセルを取りに自宅へ戻った。あれからも、時々藍染からの手紙が来ている。一度、郵便配達員がきちんと消印の押された封筒を雛森のポストに入れた所を見た事があった。最近ではもう、藍染惣右介という人間が本当にいるような気すらしている。あの筆跡は本当に雛森のものだったのか、それすらも曖昧な記憶と化して、決してこの手に掴む事ができない。中学を卒業したら働くと言っていた雛森が、藍染さんが紹介してくれた高校に入る事になったと告げた時、冬獅郎は心の底から感謝してしまったのだから。
 そうやって、藍染惣右介は今日も日常に溶け込んでいる。

作品名:鏡花水月 作家名:泉流