囚人と青い鍵 1
12 マスターへの電話(カイトside)
Trrrrr...Trrrrr...
マスターの電話が鳴る。
「マスター、電話ですよ。」
普通のことのはずなのに、なぜか厭わしい。
「あぁ、萌、どうした?」
マスターの友人だろうか。
「あぁ、寝坊したから。」
寝坊、というのだろうか。
「まぁ、それはともかく、大丈夫だから。」
電話の主は今日の欠席を心配している、のだろう。
「あぁ、また明日な。」
なんだ、たった1日休んだだけで、電話かけてくれるような人がいるんじゃないですか。
「マスター」
「ん?」
「やっぱりマスターは一人じゃないです。」
「そうだな」
でも、たとえいなかったとしても。
マスターがそういった人の存在を見失っていたとしても。
「たとえ他の誰がマスターの味方じゃなくても、僕が一人にさせませんけどね。」
マスターの目を直視していった言葉は、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
あれ、もしかしてマスター、照れてる?
「マスター」
「な、何?」
「可愛いです。」
「は?はぁああああっ!?」
いや、本当に可愛かったんですよ、マスター?
もしかして自覚してない?
それに、そうやって駆け出しますけどマスター、この家の中のどこに逃げようと言うんです?
「逃げようとしてもマスター小さいからすぐつかまえちゃいますよ?」
150あるかないかの小柄なマスターのことだ。捕まえようとすれば僕の腕に収まってしまう。
「あのね、電気代節約したいの。」
「あぁ、節電ですね?」
え?なぜ突然電気代の話を?
まさか僕の電源を切ると?あれ、僕何を動力に動いてるんだろう?
「だから、冷凍庫のコンセント抜いていいよね。」
そっちですか!それだけはダメですマスター!!
「わわっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「何が悪いか分かってる?」
思い当たるのは「小さい」「可愛い」あたりだろうか…
「ち、小さいって言ってごめんなさい…」
「分かって言ったんかいボケェっ!!」
パシーン
「ったたた…マスタぁごめんなさい…」
僕、マスターに怒られてばかりじゃないだろうか…
「こいつ可愛いな」
さっきまでとは打って変わった微かな声で、マスターがそう言ったのが聞こえた…ような気がした。
「え、マスター今…」
「なんでもねーよっ!!」
またマスターは走って逃げてしまう。そしてベッドの中に隠れたつもりでいる。あの、頭隠して足見えてます、マスター。
Trrrrr...Trrrrr...
またマスターの電話が鳴ってるらしい。
マスターは人気者なのだろう。
あれだけ可愛いマスターのことだ。理解に難くない。
ただ、どうしてほんの少しだけ、寂しいような気がするんだろう。
「恭一!?いきなりなんだよ?」
初めて聞く名前だ。弟でないとしたら、マスターの彼氏?
背筋を通り抜けた悪寒に、気づかないふりをした。
「本当に?」
「やっぱり…」
「いつものパターンだろ。」
「いや、恭一からかけてくるときはいつもだから。で、とんでもないことってのは?」
いつもの、ということは割と長い付き合い、なのだろうか。
「はぁっ!?嘘だろ?まさかそれ、箱に入って勝手に届いた?」
「で、PCソフトじゃなくて人間だった?」
なぜ僕のことを?
「なんでわかるんだよ!」
これ以上は、聞かない方がいいのかもしれないと思った矢先だった。
「私はもう歌わない。」
マスターの部屋には、音楽に関連するものが何一つ無かった。
もう歌わないと言うことは、かつては歌っていた?
歌わなくなったのは…
もしもマスターがもう歌に携わる気が無いというのは…
ー僕の存在の否定を意味するー
僕はマスターの部屋のそばを離れた。