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千年の矛盾

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こいつとおれは、いったい何なんだろうか。


こいつと言うのは今無防備に背中をさらして人の家のキッチンを占拠する男のことだ。美食の国、芸術の国だ、なんて臆面も無く名乗る隣国、フランス。
この世に生まれてから少なくとも数千年単位の付き合いにはなる。可愛いところで怒鳴りあい。殴り合い。エスカレートしては殺し合い。時に供に戦ったこともあったけれど、その実共闘する最中でさえ根底において敵であることを止めたことはない。

数え切れない長い時間を経ても、多くの記録に残っているその関係がそのどれを繋ぎ合せてもはっきりとこうだといえる関係がなのはおそらく間違いない。
数百年記憶を遡ってもあの顔を見れば腹立たしいことこの上ない、いつだって奴のにやけた顔を殴ってやりたい思うのだ。そんな相手がキッチンで鼻歌を歌っている。
おれは不意にもやもやとした感覚を覚える。この不可解な苛立ちをはっきりさせたい衝動が巻き起こることがある。だがそれは同時にひどく面倒くさい。土砂降りの雨の休日にわざわざ無理に外出を決めるくらい面倒くさい。
付き合いだけはとにかく長いというのに奴のことをおれは未だに全く理解できない。
ああうざったいなぁ。うざったいフランス。

「なぁ、お前なに怖い顔してお兄さんのこと睨み付けんのよ?」
続く不毛な思考の連鎖に、気が付けばフライパンを片手にしてフランスが振り返ってこちらを見ていた。顔のつくりだけは認めてやら無くも無い白皙が怪訝そうに眉を寄せる。
「は、自意識過剰なんじゃねーの?」
んな鋭い眼光でガン見されて気づかないわけねーでしょ。と、にやにやといつものペースのゆるい面をさらしてフランスは言う。奴は何時だって自信過剰だ。
「気になるでしょーが、しかもそんな熱烈に見られたら」
「うっせーな、火使ってるときによそ見すんじゃねーよ」
「坊ちゃんじゃあるまいし、問題ねーよ、そもそももう出来てるし。あ、でもお前は料理中余所見すんなよ!家事で家ごと丸焼けました、とか笑えないからな」
笑って暴言を吐く。
内容はともかくその言葉通りいつの間にかコンロの火は止まっていて、そのままフライパンの中身は皿に移されるだけのようだ。
「しね」
上辺に浮かんだ暴言を息を吐くのと変わらない軽さで吐き出した。
くさくさしていた神経を器用に逆撫でるフランスはもう一度少々癪に障る苦笑を浮かべて背を向けた。
最初の問いを追及する気はないようで、まだ湯気の上がる料理を皿に移し始めている。
喧嘩を売ったつもりでもないので別にかまわないのだが、余裕ぶった態度は腹立たしい。
そんな腹立たしい相手を自宅にあげて、キッチンを占領されて、餌を待つひな鳥みたいに背中を見つめている。
微かに香ばしい香りが届いてそういえば腹を減らしていたことにも気づいた。
あのにやけた面を殴りたい。出来たての料理を食べて、ワインをあけたい。フランスと一緒に?馬鹿な話だ。
それがどれくらいばかげているか俺は知っている。それなのに、そんなことは珍しいことでもない。隣国っていうのはこういうものだったか?
そんなわけがない、答えが出ない。答えを知りたくない。そして千年もたった。
どれくらい無駄な思考に熱中していたのか。いつものことといえ心底無駄で馬鹿らしい。




「おーい?坊ちゃん?…まぁた考え事かよ、飽きないねぇ。さっさとおいで」
ごはんできたよ、と湯気を上げる皿を片手にフランスは何のことでもないように、当然のようにおれを呼ぶ。

いつだってこの瞬間おれはひどく動揺する。
答えが出ない。答えを知りたくない。そして千年もたった。


おまえはいったいおれの何なんだ。





作品名:千年の矛盾 作家名:usu