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さぁ逃げて。

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私が好きなゲームはもちろん恋愛シュミレーションが主ですが、たまにはRPGで遊んだりもするのです。
最近のRPGは女性キャラとのイベントがなかなか馬鹿に出来なくて、思ったよりも遊べてしまうのです。
さて、そんなことはどうでも良いのですが。

貴方がもし、木の棒と鍋のふたしか装備してない状態で突如現れたラスボスを倒さなければならないとしたら?
なんというかまだ冒険は始まったばかりで経験知必死に上げてレベルだって最近やっと5になったばかりで、攻撃力も防御力も低いし、魔法も使えないし、かろうじて村長から貰った薬草くらいしか持ってない状態でラスボスを倒さなければならないとしたら?
はっきり言って死亡フラグも良いところだと思いませんか?
「日本く〜ん!」
ほら、やってきました私の死亡フラグ。
手を振りながら小走りなんて小柄で可愛い女性がやるから許されるものであって、あんなでかい図体の男がやっても何一つ萌えやしないのです。
「日本くんてばーっ。」
ああ、いっそ何も聞こえないことにしてしまいましょうか。
私の耳は突如聴力を失い、二度とこの耳にあの男の声が届きませんように。
「お〜い?」

ちくしょうっ!いっそ気を失いたいっ!!

「コンニチハ、ロシアサン。」
「日本くん、言葉が全部カナ表記になってるよ?」
「(なんでわかるんだ)」
「日本くんを愛してるからさ☆」
・・・思っただけのことにまで返事を返されると、もう何も言えません。

「日本くん、この花見て、僕のところで採れたんだ。」
「…向日葵、ですね。」
「うん、どう?」
「綺麗です、とても。立派に育ってますね。」
「よかった、日本くんのところは緑を大切にするでしょう?きっと気に入ってくれると思ったんだ。」
にっこりと笑うロシアさんの笑顔は嘘では無く純粋に見えるんです。
「本当にさ、向日葵はすごいんだよ。少しでも日が照るとそこへ向かって皆伸びるんだ。胸を張って、綺麗に咲き誇れるように…どこか自信に満ち溢れたその姿はさ、まるで・・・」
ロシアさんがそこでいったん言葉を区切って私を見る。
その眼は慈愛に満ちていて、口元はふんわりと微笑んでいる。

「そう、まるでいつも俯いておろおろして眼を合わせない日本くんとは、正反対だねー☆」

プスプスプスと、ロシアさんが笑う。

「ソーデスネ。」
何かを期待した私の方が馬鹿なんだ、と自分に言い聞かせた。


「ところでさ、日本くん。」
「はい。」
「君はいつロシアになってくれるの?」
「・・・・先のことはわかりませんが、出来ればそんな日が来ないことを願います。」
「えー、なんで?」
ロシアさんと会うたびに繰り返されるこの押し問答にも飽きて、私はため息をついた。
少し眉を寄せてむっとするロシアさんに頭を下げて退出させていただこうと、背を向けるとロシアさんの声がやけに響いた。

「逃げるの?」

正直にいえばカチンときたけれどそれを悟られるのも悔しい。
私は背を向けたまま答える。

「そうかもしれませんね。いっそ…また鎖国でも始めたいくらいです。」
「それはダメ。」
即答したロシアさんの声が悲しそうに聞こえて、私は思わず振り返った。
そこには声に違わず泣き出しそうなロシアさんの顔。

「鎖国は駄目だよ。」
「…冗談ですよ。」
「鎖国なんかじゃ駄目なんだ。」
「はい?」
「逃げるなら本気で逃げて、ね。」
「ロシアさん?」
潤んだ瞳のまま、ロシアさんが私を見る。
「きっと、日本くんを手に入れてしまったら僕は止まらなくなる。」
「一部なんかじゃ足りないんだ。」
「全部欲しくなって…日本君と一つになりたくなってしまう。」

「そしたら、もぅ君を逃がしてあげられない。」

自分でもどうしようもない感情なんだ・・・と、それは本当に小さな声で今にも消えそうな声だった。
ロシアさんは肩を震わせ、俯いた。

「ロシアさん。」
「来ないで。」
思わず歩み寄ろうとした私にロシアさんの厳しい声が飛ぶ。
「逃げてよ。僕の手が届かないくらい遠くへ。」
「…。」
「ちょうど良いじゃない。あの金髪のメタボリックボーイの傍が一番安全だよ。」
「あの方はあの方で恐ろしいですよ。」
「だから、ちょうど良いの。僕に対抗出来るのは今のところ彼くらいだ。」
「ロシアさん、貴方は」

言いかけて、止めた。
ロシアさんは顔を上げた。
さっきまで泣きそうだった顔が嘘のようにいつもの笑みを浮かべてる。

「鎖国なんかしちゃ駄目だよ、日本くん。」
「次、鎖国したらその瞬間僕は無理やり君をこじ開ける。そのための手段は選ばないから。」
「…私の国は平和主義ですので。」
「大丈夫、僕とひとつになれば一生の平和が待ってる、かもしれないよ?」
そんなことは絶対無いだろう、と思うだけに留めておいた。

「それでは、逃げさせていただきます。」
「はい、どうぞ…あ、ちょっと待って!コレ、君のために持ってきたんだ。」
向日葵を渡され、思わず微笑んだ。
「…日本くんがそうやって笑うからいけない気がする。」
「え?」
「僕のことなんか突き放せばいいのに。」
「それは失礼しました、なにぶん性分ですので。」
「本当に、甘いよね。」

ぐっと前髪を掴まれ無理やり上を向かせられる。
髪を引っ張られる痛みに顔をしかめると額に唇を落とされた。



「ああ、本当に、君が欲しいなぁ。」



言ってることとは裏腹に彼の手は私を押した。

「さぁ逃げて。僕に捕まらないように、ね。」


「君が向日葵のように自信を持って胸を張って僕に挑もうとするような愚かな奴じゃなくて、本当に良かったと思うよ。」





突如現れたラスボスが実は自分を勇者にした国の王子だったとしたら?
幼い王子が一人きりの寂しさに耐えきれず悪さをするのだとしたら?
自分さえ犠牲になれば王子が救われるのだとしたら?

それでも、私にはその王子の手は取れない。

さぁ、早く逃げなくては。
彼が自身で必死に抑え込んでる本性を、私が開いてしまうわけにはいかないのだ。
そう、この先もきっと私が自分から彼に近づくことは無いのだ。

何もかもに疲れて、消えてしまいたいと、願うことが無い限り。


作品名:さぁ逃げて。 作家名:阿古屋珠