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【同人誌】白ばらの匂う夕べは【サンプル】

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振り返り、ちょっと見ると、怪しげな姿のおじさんが立っている――なんて思うのは、かなり失礼だとは思う。でも、あの無精ひげに、少々長めの髪、よれよれにくたびれた白衣。
(どう見ても、怪しい)
 でも、相手はおかしな身柄の人ではなく、歴としたこの学校の教師だ。しかも、香穂子が急に参加することになった音楽コンクールの担当をしている。
「金澤先生、何ですか?」
 報道部の天羽菜美の情報だと、三十三歳、独身。ついでに、やる気のなさそうな、なんて表現をされていたような記憶がある。そのときは、ああそういえば、と思い出す。一年生のときも、そして二年生になった今も、この教師に授業を受け持たれたことがなく、顔を少し知っている程度だった。それでも、「やる気がない」と言われて思い出せるのだから、誰もがそういう印象を抱く相手なんだろう。
「何ですか、じゃなくてな。お前さん、大丈夫なのか?」
 立ち止まった香穂子の目の前まで寄って来て、どことなく呆れた口調で、訊ねてきた。香穂子は、思わず首を傾げる。何が、大丈夫か、なのか。
「ええと、大丈夫だと思います」
 分からないが、とりあえず、駄目、なことも思いつかないので、答えた。
 だが、金澤は納得した様子ではない。眉間に皺を寄せ、小さな息をつく。
 そんな顔や態度をされるようなことをした覚えもない。何ですか、と再度確認しようにも、目の端に、教室の中の時計が見えた。
 午後三時を過ぎて、間もなく五分になる。
「とにかく、大丈夫なので、失礼しますね」
 くるりと踵を返し、練習室へまっしぐら、のつもりが、
「待て待て待て」
 背負ったバッグの端を掴まれては、先に進めない。強制的に止まるしかない。金澤は、香穂子の進行方向に回り込んだ。
「人の話は最後まで聞けって」
「だから、大丈夫ですよ、先生」
「何が大丈夫か、分かってるのか?」
「え、ええと、体調は万全です」
「――そうじゃない」
 違うらしい。香穂子は眉を寄せるが、相手も眉間に深い皺を刻んでいる。
 金澤は、今度こそ深く溜息をつき、あのな、とゆっくり落ち着いた声音で口にした。
「お前さん、毎日練習室を借りて、ずっと一人で練習してるんだろ」
「あ、はい」


*****(中略)*****************


「分からんとこがあるなら、教えてやるぞ」
「――えっ」
 はっ、と息を飲んで振り返った日野は、心底驚いて、目を見開いている。
「音が聞こえてきたから、ちょっと確認しにきた」
 訊ねられてもいないのに、彼女の疑問に答えると、そうですか、と返ってきた。それから、少し困ったように笑う。
「この曲、意外と難しくて。楽譜を見てても、弾けるわけじゃないんですけど」
 となると、自分の技術力の問題だろうか。音符は分かっていて、記号の意味も理解していて、けれど指が追いつかない、というところだ。
「今は、どこで練習しているんだ?」
「場所ですか? 最近はここで」
「……ここって、ここか?」
 森の広場のこんな奥で、誰も見ていない。しかも、放課後はオーケストラ部が練習している音楽室のすぐ下だから、ちょっとヴァイオリンの音が聞こえる程度では、誰も気に留めない場所だ。
「気づかないはずだよな……」
「何がです?」
「いや、何でもない」
 本人に言ったところで、意味はない。彼女が変わらず練習を続けているのであれば、何も問題はない。
(いや、一つあったな)
 今は昼休み。それも、ほとんどの生徒は食事を終えていない時間。
「ところで、お前さん、昼飯は食ったのか?」
「あ、まだです。昼休みになってすぐ、ここに来たので」
 当然のことのように答え、さて、と改めてヴァイオリンを弾こうとするので、思わず、おい、と声をかけていた。
 目をパチパチと瞬き、なぜ金澤が声を張り上げたのか、全く分からない様子。
「昼飯を食え、まずは」
 自分は、こんなまともな話をするような教師ではなかった気がする、と思うのは、教師として間違っているか。それにしても、この女子生徒は厄介だ。
「でも、時間が勿体ないんです。お昼ご飯は、後からでもいいかな、と」
 その後ってのはいつなんだよ、と心の内だけで突っ込む。このまま昼休みが終わるまで弾き続け、午後の授業に突入、に決まっている。代わりに溜息をついた。
「体力つけなけりゃ、楽器を弾き続けられなくなる。体力をつけるためには、ちゃんとした食事をしなけりゃならん」
 説教じみていると思う。いや、説教そのものだ。自分だって、学生の頃は、摂生して生きていたわけじゃないし、偏った生活をしてきたのだが、それは現在、棚上げしておく。教師は己の過去を振り返ってはならない。
「先生だって、まだご飯を食べずに、ここにいるんじゃないですか?」
 だが、返ってきたのは、まさに今現在の金澤の状況に対しての反論だ。だが、ぐうの音も出ない、なんて状況はごめんだ。
「俺は、お猫様に食事を与えてきたところだ。すぐに戻って、飯にするのが日課なんだよ」
 今日はたまたま、火原と柚木に捕まり、日野のヴァイオリンの音に導かれてしまっただけで。
「猫ですか?」
「そう。この学院の敷地に、けっこう現れるんだよ。ここに住んでるのか、どこかからやって来るのかは、知らないけどな」
 その猫たちに、餌をあげたりかまったりしているのが、金澤だ。住宅の密集するエリアではできないが、広大な敷地で緑の多い学院内なら、そう近所迷惑にもならないだろう。
「先生、猫が好きなんですね」
「好きって言うか、……まあ嫌いじゃないけど、お前さんが思うような好きとは違うな」
「よく、分かりません」
「だろうな。俺もよく分からん」
「ええ?」
「敢えて言うなれば、同志っていうかね」


****(後略)***************