分身を切り落とした日
「折角ここまで伸ばしたのにね」
「別に、切るのが面倒だったからだ」
そう言う先輩の肩は少し震えている。
勿体ないと思う自分の心とは裏腹に、手は勝手に動く。嗚呼悲しきかな職業病。まだ資格すら持っていないぺーぺーだけど、この先これほど綺麗な髪には出会わないだろうなあと思うと、どうしても切り続ける手を止められない。どれくらいの長さにして、どのように切っていくかと頭の中が忙しく回転していくのだ。
しゃきん、しゃきん
手に取ったはさみが心地よい音を立ててそれを落としていく。
「髪の毛を切る音って良いと思いませんか?」
「………」
「心地良いし、僕はこの音を聞くとどんなに心が乱れていても落ち着くんです」
「おまえ、らしい、な」
「それに切り終わって軽くなった髪を見ると、色々すっきりします」
地面に黒の束が少しずつ増えてきた。随分短くなった先輩の髪の毛。もうそろそろ切るのをやめようかと思うけれど、時折彼女の肩は震え、ぽつぽつとスカートに水滴が落ちている。
『先輩は髪長いですねー』
『まあな』
『なんか願掛けしてるんですか?』
『そんな大それたものではないが』
『ん?』
『あいつが、私の長い髪をいじるのが好きなんだよ』
分身を切り落とした日
(タカ丸と仙蔵)
作品名:分身を切り落とした日 作家名:sui