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wonder worker

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Bonjour、と流暢なフランス語が聞こえてフランシスが顔を上げると、目の前にいたのはアジア系の顔付きをした少年だった。ぴょんと跳ねたくせのある黒い髪と、人懐っこい笑顔が印象的だ。フランシスと同じくラフな格好のこの少年は鞄は持っておらず、ショコラ・ショーとクロックムッシュの載ったトレイを手にしている。カフェの店内を見渡すとどのテーブルも満席だった。
『相席しても?』
 ふたたび声を掛けられ、フランシスはすこし戸惑う。このカフェで本田と落ち合う約束をしていたのだ。そのまま昼食もここで取るつもりだったから、どうしたものかと腕時計を確認すると、約束の時間まではまだ少しある。テラス席は空いているが、この寒い時期に外にやるのも可哀想だ。少年に視線を戻し了承の意を伝えようとする前に、彼が口を開いた。
『誰かと待ち合わせですか?』
『え? ああ、うん。でもまだ時間あるし、どうぞ』
 そう言って席に着くよう促すと、Merciとやはりなめらかなフランス語が返ってきた。
『…失礼だけど、日本人?』
『ええ』
「それなら俺、日本語も話せるから」
 すると少年は目をぱちくりさせて、よかったと安堵の息を吐いてトレイを置いて腰をおろした。フランスは初めてだから緊張して、と笑って、ようやく目の前のコーヒーに口をつける。クロックムッシュは出来立てで、おいしそうな香りがした。それを、ナイフとフォークを使ってうまく切り分けて食べる。綺麗な動作だな、とフランシスは思った。本田は未だにぎこちなく使うというのに。異邦人の彼に自然と興味がわいた。
「観光でここへ?」
「うーん、そんなところでしょうか」
「へえ?」
 それにしては堪能なフランス語だった。自分もそこそこ日本語を話せるが、彼ほど流暢ではないだろう。“h”の音がどうしても発音できないのだ。フランシスはコーヒーカップ越しに少年を見つめ、自分には「少年」に見える彼が実際には何歳なのだろうと考えた。本田はあれで結構年をくっているから、もしかしたら目の前の彼も、フランシスが思っているよりもずっと上なのかもしれない。無意識のうちに見つめてしまっていたらしく、視線に気付いた彼は「やっぱりフランスってご飯が美味しいですね」と言ってにこりと笑った。そして思い出したように、パーカーのポケットからパリ市内の地図を取り出す。彼もまた本田と同じく、気を遣うのがうまいらしい。日本人って皆こうなのかとひとり感心する。
「これから市内を見てまわろうと思ってるんですけど、どこ行ったらいいのかわかんなくて」
「一人? 市内は見てるだけでも楽しいと思うよ」
「あ、一人じゃないんです。俺もここで連れと待ち合わせしてて。美術館は明日まわろうと思ってるので、それじゃ市内散策でもしようかな…」
「恋人とデート? 公園もオススメするけど」
 冗談のつもりで言うと、「そんなところです」と照れくさそうに返ってきた。なるほど、素敵な少年だ。そういえば、本田を公園に案内したことは一度もなかったなとふと思い出す。マルシェや寺院も素敵だが、公園もなかなかいいものだ。落ち合って昼食を食べたら一緒に公園に行こう。少し肌寒いが本田のことだ、きっと気に入ってくれるだろう。少年はクロックムッシュを食べ終え、最後にショコラ・ショーを飲み干したところだった。「思ったより苦いや」と言って、フランシスのマカロンを少しうらやましそうに見つめていた。苦笑しつつ、「食べる?」と皿を差し出すと、メルシーと返ってきた。先ほどよりも流暢ではない、けれども、やわらかな発音だ――嫌いじゃない。フランボワーズのマカロンは、少年の口の中へときえてゆく。
 食べ終わると少年は先ほどフランシスがそうしたように、自身の腕時計に目を走らせた。待ち合わせの時間が近づいているのだろうか。仕返しとばかりに同じことを訊ねようとして、
「――快斗、」
 ふり向いた少年とフランシスの視線の先、呼ぶ声があった。といっても死角になってその姿は見えなかったが、フランシスにはKyte、と聞こえた。なるほどカイトとはこの少年の名前なのかと納得し、恋人とやらを拝見しようと身体を傾けて、驚愕した。
 ――まったく同じ顔じゃないか。
「悪い、待たせたか?」
「ううん。昼食買っておいたから歩きながら食おうぜ。コーヒーで良かったよな」
「ああ」
 快斗と全く同じ顔の少年はフランシスに気付くと軽く会釈をして、快斗もまたにこりと笑って言う――Au revoir。フランシスも咄嗟にかえしたが、突然の出来事だったのでうまく笑えていたかどうかわからない。トレイをカウンターに返して、二人の少年はカフェを出てゆく。その後姿をしばらく呆然と見つめた。
 公園に行くと言っていたあの少年と出くわすかもしれないなと思っていたが、きっと二度と会うことはないだろう。根拠のない自信は、フランシスの中で確信になっていた。
 その数分後、入れ違いでスーツ姿の本田が店内にやってきた。フランシスの姿を見つけ、席へ着く。頬は上気しており、どうやら急いでやって来たようだった。「すみません、フランシスさん。お待たせしてしまいましたね」
「――いや、平気だよ。急がなくてもよかったのに」
「お腹も空いてたので、早く食べたくて急いでしまいました」
 照れたように笑う本田が、フランシスの手元に目線を落とした。
「私、マカロンって食べたことないんですよねぇ」
「え?」
 コーヒーの脇に、先ほど少年にあげたはずのフランボワーズのマカロン。おまけに、頼んでなかったピスターシュのものまである。紛れもなくこの店のものだ――いつの間に置いていったのか、彼の仕業に違いない。突然現れて消えていった少年。まるで魔法使いみたいだな、と苦笑した。
「どうかされたんですか?」
「…いや、何でもないよ」
 そしてまた、あの少年にあげたように、マカロンを本田に差し出す。フランシスは温くなってしまったコーヒーを飲み干して、おかわりと本田のための昼食をオーダーするために店員を呼んだ。

『wonder worker』
(title by; http://bye.aikotoba.jp/)
作品名:wonder worker 作家名:千鶴子