5/4世界会議新刊サンプル
特に何かをして遊ぶでもなく寝台に転がっているアメリカを見てカナダは溜息をついた。何故あんな事を言ったのかは知らないが、今回の件に関しては完全にアメリカが悪い。折角イギリスが持ってきた土産を要らないと言うなんて。カナダは普段温厚で滅多なことでは怒らないが、一番楽しみにしている時間を邪魔されては腹も立つというものだ。
「うるさいぞ……カナダのくせに」
「何だいそれ」
「俺だってイギリスにあんな顔させたかったわけじゃないよ」
いつになく弱々しい声でアメリカは続ける。
「だけど、だけど子供扱いは……嫌なんだぞ。あんな、玩具で喜ぶ時はとっくに、過ぎたんだ……もう子供じゃないんだから」
「何言ってるんだい。君、あんなにはしゃいでイギリスさんに」
「それとこれとは別だよ」
アメリカはごろんと転がって仰向けになる。そして浅く二、三度息を吐いてから体を起こした。まだふっくらとして幼さの残る頬を曲げた膝へと押しつける。
「だってああやって子供っぽく振る舞えば彼に触れられるだろ?俺は、いつだって触りたいんだよ」
「そんなの……僕だって」
彼に頭を撫でられ抱きしめられる心地よさを思い出しながらカナダが言う。だが、アメリカはそれを否定するように首を振った。
「君と俺は違う。俺はね、カナダ。イギリスのことを抱きたいって思ってる。キスだってしたいさ!あ、ほっぺじゃないぞ。抱きしめて舌を挿れてキスをしたい。だから君が彼と手を繋いだり抱きしめられたりするのだって本当は嫌なんだ。けど兄弟だから許してやってるんだぞ」
アメリカの口から流れ出る言葉にカナダは呆気にとられて口を開いた。アメリカの言っている言葉の意味が解らないほどカナダは初ではないし鈍くもない。それにそういった行為は大人がするものだ。だが、アメリカはそれがしたいという……しかもイギリスと!カナダの心臓が早鐘を打ち始めた。
「独占してたいんだぞ」
アメリカの言うことはある種正しい。イギリスを独占したいのならば、ああして我が儘で甘えたい盛りの子供を演じるのが一番だろう。事実、甘えられることに弱いイギリスはそうやってべたべたと触れてくるアメリカをこれ以上無いという程に甘やかしている。だが、アメリカはそれでは満足していないのだろう。アメリカの愛情とイギリスの愛情は決定的にすれ違っている。
「い、イギリスさんに子供だって思われるのが嫌ならそれを止めれば良いじゃないか。その……好きだって、言えばいいだろう?それもしないであんなこと言うなんて酷いよ」
「違うぞ!俺はイギリスに……イギリスを愛してるから子供扱いされたくないんじゃない」
小さく首を振りながらアメリカは言葉を繋ぐ。
「……ううん、やっぱり愛してるから子供扱いされたくないのかな。でも君が思ってるみたいにイギリスが俺を男として見てくれないからって拗ねてるんじゃないぞ」
アメリカは真っ直ぐとカナダを見てそう言った。先ほどまで後悔からベッドにごろごろと転がっていた奴と同じ人物であるとは思えない程に、意志の強い瞳。その視線に迷いはない。だから彼の言うことに嘘はなく全て真実だった。公明正大な彼が嘘をつくとはカナダ自身思ってはいない。黙っていることが多々あろうとも彼は誤魔化すことだけはしない筈だ。
「……じゃあ、君は」
「ねぇ、カナダ。俺たちはいつまで子供なのかな」
「……え?」
思わず間抜けな声を出してカナダは聞き返す。その問いは少し前にアメリカがしたものと同じものだった。アメリカに少しずつ感じていた違和感とずれを強く感じたあの日のものだ。
「君は変だって思わないかい?俺たちは可能性に満ちあふれている新大陸なんだろ?そりゃ最初は何の力もなかったかもしれないけどさ、こうやって君も俺も力をつけて大きくなった」
「……それがどうし――」
アメリカはちらりとカナダを見る。まだわからないのかい?とでも言いたげな瞳に思わずカナダは逡巡した。彼は何を思っているのだろう。それはやはりイギリスに対して燃えるような愛情を持っている彼だからわかることなのだろうか――
「イギリスはいつだって傷だらけじゃないかっ!」
アメリカが苛烈に吼えた。灼けるような怒気を孕んだ声にカナダはびくりと体を震わせる。だが、アメリカの怒りはカナダに向いているわけではなかった。アメリカは悔しげに瞼を閉じて怒りに体を震わせる。
「俺たちは彼に守られて、彼に与えられて――見たかい、あのイギリスの背中っ!なぁ、カナダ。君だって本気で彼が誰よりも強いなんて思ってるわけじゃないだろう?イギリスが本当に誰よりも強いなら、あんな怪我……負わなくたって良い筈だぞ。それなのに彼は――」
アメリカがぐっと唇を噛む。何を言えばいいのかわからないというように、ぐしゃりと前髪を掻き上げる。
「カナダ。俺、俺さ――何度も言うようだけど、イギリスを愛してるんだぞ……」
「うん、わかってるよ。本当に――」
彼の愛情が家族に向けるものではなく、肉欲すら伴う類のものであることを知ったのはたった今だ。だがそうであるのだと彼の愛を理解した瞬間、まるでずっと完成しなかったパズルのピースが完成するかのように――全ての疑問が消え失せた。
「イギリスのことが、好きなんだよ……本当に……誰よりも」
「アメリ――」
「だけど、イギリスが俺たちのために自分を傷つけるのを止めないなら――俺は、彼の手を……離すよ」
その言葉はまるで風に舞いあげられて大気に消え散ってゆく花びらのように呆気なく、だがそれでも衝撃的に――響いた。
「え……?」
カナダは呆然とする。ただ間抜けに聞き返すことしかできない。冗談にしか聞こえない言葉だ。だが、待てども待てども彼が自身の言葉を笑い飛ばすことはなかった。
「な、何を言ってるんだい……どういう意味さ、ア……アメリカ……!」
じんわりと目頭が熱くなるのがわかった。目尻が濡れる感覚に涙が溢れてきたことを知る。だが、そんなこと構ってられないぐらい彼の発言は衝撃的だった。頼む、嘘だと言ってよアメリカ――!
「そのままの意味さ」
だがアメリカの言葉はカナダの願いを真っ向から否定した。
「俺は、このままイギリスとはいられない。彼が、傷ついて、傷つけて――そんなのは嫌なんだぞ」
「だって君はイギリスさんを愛してるんだろう?」
「愛してるさ――!だけど、だけど限界だ……限界なんだぞ……」
呻くような声。何が限界なのか、聞くまでもない。アメリカは声を上げて泣き喚きたいのに我慢しているかのようだった。日常を、現実を、そして幸福を破砕するのにどれだけの覚悟が必要なのだろうか。カナダにはきっと理解出来ない程の覚悟だ。同時に彼の中で、ずっとイギリスの傍らにいるという甘美な夢と、彼の手を離し彼を救うという意志が渦巻きぶつかり合っていることが見てわかった。
考え直すべきだ。冗談にしておいてくれ――そう言いたいのに、カナダの喉はからからと渇いて少しの声も出ない。アメリカが彼の手を離せば――いまの幸福が崩れ去っていくのはわかっているのに。誰が望んで幸福を手放したいものか。だからカナダはアメリカを止めるべきだった。でも、わからない。何が正しいのか、わからない。
作品名:5/4世界会議新刊サンプル 作家名:もか@世界会議D44