【サンプル】子はかすがい
それは食堂での出来事だった。
「なんでこんなにピーマンだらけなんだ?」
目の前の昼食を見て朝霜がそう言うのも無理はない。
ご飯はいいとして、おかずがピーマンの塩昆布和え、ピーマンとニンジンのきんぴら、ピーマンの肉詰め。さらには味噌汁にまでピーマンが入っている。怒濤のピーマン攻勢である。
「ピーマンが豊作だったから間宮さんが張り切ったみたいね」
朝霜から見て右ななめ前の席に座っている霞が答えた。
戦況は一進一退を続けている。物資輸送ルートは優先的に人員が配置されて堅く守られてはいるものの、永遠に絶対安全とは限らない。昨日は手に入った物が今日は手に入らないことなどざらにある。そのためいざというときの備えとしてこの鎮守府でも今年から敷地の一部を畑として利用し、ある程度の自給自足が出来るようにしてあった。
自家栽培を始めた頃は、艦娘なのに陸で働くなんて、などと言う者もいたが、今では日々少しずつ実っていく作物を見ることが多くの艦娘にとって癒やしとなっている。
「それにしたって多すぎだろ、こりゃあ」
「文句言わない。痛まないうちに食べなきゃもったいないでしょ? それとも朝霜、もしかしてピーマン嫌いなの?」
「あたいは嫌いじゃないさ……あたいはな」
朝霜は正面の席を見た。つられて霞も右隣の席を見た。そこにはピーマンをにらみつける清霜がいた。
「清霜、アンタまさか……」
嘘だと、冗談だと、霞は言ってほしかった。だが現実は非情である。
「だって、苦いんだもん!」
涙目で訴える清霜を見て、霞は思わず天を仰いでしまった。子供っぽいとは思っていたが、まさかこれほどとは思っていなかった。
「アンタねえ……ピーマンくらい食べられるようになりなさいよ」
「ううー……でもぉ」
清霜にとってピーマンは天敵なのである。前世でピーマンにいじめられたのではないかと思うくらいに。
「でもじゃない。好き嫌いはダメよ」
しかし隣からは霞が無慈悲にプレッシャーをかけてくる。このまま食べずにいるわけにはいかない。万事休す。
しかし清霜が諦めかけたそのとき、助け船を出す者がいた。
「まあまあ、いいじゃねえかよ霞。誰にだって好き嫌いくらいはあるさ」
朝霜であった。
「ほら清霜、ニンジンなら食えるだろ? 肉詰めからも肉だけ出して食っちまえよ」
助かった……そう思った清霜だったが。
「アンタは甘やかしすぎよ! 清霜、こいつの言うこと聞いちゃダメよ。ちゃんと食べなさい」
「なんだよ、嫌がってるのに無理やり食わせなくたっていいだろ」
「好き嫌い言ってられるような戦況じゃないでしょ! いつ補給が無くなってもおかしくないのよ!?」
「だからって無理やり食わせていいってわけじゃねえだろうが!」
「じゃあアンタは食料が無くなったときにこの子がワガママ言ってもいいって言うの!?」
「そこまで言ってねえだろ! お前はクソ真面目すぎんだよ、クソ石頭!」
「はぁ!? アンタこそ考えが足りないのよ、この能無し!」
あれよあれよという間に霞と朝霜がケンカを始めてしまった。
「あ、あの、二人とも……」
慌てて二人を止めようとする清霜だったが。
「んだとコラァ! やんのか!」
「やるなら相手になってやるわよ!」
時すでに遅し。二人とも頭に血が上って清霜の言葉など耳に入らなかった。
もはや殴り合いが始まるのは時間の問題かと思われたその時。
「コラ、そこ! 食堂で暴れたらご飯抜きですよ!」
厨房から間宮がストップをかけた。
「……チッ」
「……フン」
霞と朝霜はそっぽを向きつつ、自分の席に着いた。
艦娘たちの胃袋を握っている間宮に嫌われたらここでは生きていけない。だからこそ霞も朝霜もおとなしく引き下がった。しかし二人とも頭に血は上りっぱなしであった。
それから二人はまったく目を合わせることなく無言で昼食を胃の中に流し込み、早々と食堂を後にした。
二人にとっても、そして清霜にとっても、最悪の昼食となった。
作品名:【サンプル】子はかすがい 作家名:ヘコヘコ