憎み愛
『本当は』
文字盤を、男はただ黙って見詰めていた。
文字を羅列すればいいだけなのに、躊躇いがそこにあって、それもまた単に、奇妙だった。
『知ってるのか』
「何を?」
男の返答は至極正当だった。この男にしては”珍し”く。
女――セルティも、それがわかっていたからこそ、PDAに触れる指を止めた。沈黙、元来声を持たない女と、男の二人だけのこの空間には、響くのは男の声しか無かったのだが。
「知ってたら、何?」
返答。
セルティは立ち上がった。
部屋の唯一の(まともに出入りが出来る)出口の前で、立ち止まる。
かたかたかた。
『人類史上最悪の人間』
「ああ、良かった」
君にとって俺はちゃんと”人間”で認識されてたんだ
けらけらと耳障りな笑い声が聞こえて来た。
この場合、聞こえているのはセルティなで、”耳”障りという言葉を使うには、躊躇われるけれど。
「面白いよねぇ」
あべこべって面白いよねぇあべこべさかさま何もかにも釣り合わない釣り合わない夏に雪が降るより冬に桜が咲くより俺にとっては奇怪なんだよねぇほんと面白い面白い俺さ人間が大好きなんだ知ってるよね人間大好き人間にしか興味ない人間だけが俺の人生に絶妙なスパイスを与えてくれるものだと思ってたんだけど今この瞬間からその信念を改めることにしようかなあ ああ でも
「人間は好きだけど、シズちゃんのことは欠片も好きじゃないから」
好きかと聞かれたら 全力否定
愛しているかと聞かれたら 多分肯定
「結論。誰よりも化け物に近くて誰よりも人間臭い君とシズちゃんにささやかな祝福をプレゼント」
刹那、また”耳”障りな爆音が空間を震わせた。