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折原臨也と黒い靴

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東京一素敵で無敵な情報屋さんである折原臨也のオフィスには、本日、朝方から、招かれざる客がずっと入り浸っていた。
「これはどうだ? 強力下剤、副作用はゼロ、後遺症もゼロ、飲んで一秒後には効果が現れるというスグレモノ! 嫌いな相手を追い出したい時に便利だぞ!」
「では試しに森厳さんが飲んでみせてください、効果を見たいので」
「よかろう!」
「…………………効いてますか?」
「…………………まだだな。ならば次だ! 一晩で胸が大きくなるという夢のような薬だ 我々の技術をもってすればこの程度はたやすく開発できるのだ。女子が飛びつくぞ!」
「どうせ男にしか効かないとかいうオチが付いているんでしょう」
「なぜわかった! しかし効果は本物だぞ」
「要りませんよ。ここで暇つぶしするのは止めてくれませんか。我々も暇じゃないんです。新羅の家にでも行ったらどうですか」
「あんな非情な息子など知らん。あいつら二人して私を仲間はずれにして、挙句の果てには追い出しおって」
 その気持ちわかるわ、と、臨也の秘書である矢霧波江が呟いた。首無しライダーであるセルティに対して少なくともいい思いを抱いてはいない彼女だが、森厳のウザさはそれをも凌いでいるのだろう。このまま放っておくと、腹いせで夕飯にニンジンのサラダを出されるかもしれない。臨也はあまりニンジンのことを愛していないので、友人の父親をそろそろ追い出すことにした。
「新羅もセルティもツンデレなだけですよ。たまの休日くらい、本当はあなたと一緒に居たいに違いないんですから」
「本当かね? 私を追い出そうったってそうはいかんぞ」
 臨也の鉄壁の営業スマイルがひくついた。
 波江は営業スマイルを浮かべる気もないらしく、虫ケラの屍骸でも見るような瞳をしている。
「本当ですよ。先日、新羅から僕の所にメールが来たんですが、セルティが森厳さんをお義父さんと呼ぶか森厳さんと呼ぶかでずっと悩んでいる、とのことでしたよ。直接聞いてみたらどうですか」
「なに、そうなのか! よし帰る」
「ええ、お気をつけて」
「おっと、その前に」
 いそいそと玄関を出ようとした森厳だったが、懐から黒い靴を出し、それまで履いていたものと交換した。
「じゃーん」
「やけに上等の靴ですね」
「ふむ。わかるか。気に入ったか」
「いえ別に。ではお気をつけてお帰り下さい」
「履いてみたいのかね」
「いえ結構です。水虫が感染すると困るんで」
「水虫は持っておらん。爽やかな笑顔で酷いことを言うな、君も。まあ、履きたいと言ってもこれはおいそれとは貸してやれんしな」
「ああ、そうですか」
「……何故かは聞かんのか?」
「ええ、興味ないんで」
「これもさっき見せた物たち同様、わが社で研究しているものなのだ」
「ふーん」
「持ち主の行きたいところに連れて行ってくれるというありがたい効果のある靴だ」
「イカサマ、いえ失礼、プラシーボ効果でしょう」
「ところがそうとばかりも言えないのだ。行方不明になっていた幼い息子に会いたいと念じ続けていた父親がこの靴を履いたその日に海外赴任を命じられ、その日のうちに現地で、昔の愛人に連れ去られていた息子を発見した、なんてこともある」
「へーえ! すごい効果ですね。週刊誌の広告欄にでも掲載したらいかがです? この靴のおかげでロリ顔巨乳で金髪碧眼の彼女ができて収入も増えて人生バラ色です! ってね」
「……信じる信じないはキミの勝手だ。まあそんなわけで特に実害もないみたいだし願いが叶えばラッキーと思ってこうして私が履いてみているわけなんだが、この一週間特になんの変哲もない仕事漬けな日々を無意味に過ごすばかりでな、ところでお手洗いを貸してくれんかね? ……さっきの下剤がやっと効いて、き、た、らし、い」
「どうぞ」
 かたじけない、と早口で言い捨て、出したばかりの靴を置いたまま、森厳がトイレに駆け込んだ。


「行きたいところ、ね……」
 黒い靴に臨也が目を落とした。
 そういえば、今日はヒマなんだった。

作品名:折原臨也と黒い靴 作家名:463