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二年生’ズ

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部室の傍らにあるケルベロスの小屋の前に、しゃがみこんでいる男がふたり。
ふらりと部室に立ち寄った石丸と、たまたまケルベロスの小屋を建てに来ていたムサシ。
さして親しかったワケでもなかったが、互いに顔も知っていれば、言葉を交わしたこともある。
そこへ近寄っていくのは、ヒル魔と雪光。
当然、このふたりは部活動のため。
まだ少し距離はあったが、風に乗って「ヒル魔」という言葉が聞こえてきた。
「誰が何だって?」
突然、後ろから噂をしている本人が現れたというのに、石丸もムサシもさして驚いた様子を見せずに振り返る。
「昔話……といってもまだ1年経つか経たないぐらいだけどさ。ムサシと栗田が二人してヒル魔を甘やかしてるって噂があったよな、って」
石丸が顔をあげて、そう説明した。
「昔の話だろ」
ヒル魔が返す。
「なんだ、テメーは知ってたのか」
よっこらせ、と声をかけながらムサシが立ち上がり、石丸も続いて立ち上がる。
「俺が知らないと思ったか?」
「そんなわけねぇか……」
「だよなー」
雪光も頷いているところを見ると、噂は知っていたようだ。

と、そこへもうひとり、柔和な笑みを浮かべた巨漢が現れた。
「あれ、集まっちゃってどうしたの?」
巨体を揺らして栗田が到着。
「昔さ、お前とムサシがヒル魔を甘やかしてるから、コイツがこんなんなんだ、って噂があったよな、って話」
石丸が説明すると、意外にも栗田は目を丸くした。
「えっ、そんな噂があったの?僕、知らなかったよ」
てことは、とヒル魔がムサシを見る。
「知らないのは糞デブだけか」
「ムサシもヒル魔も知ってたの?」
栗田が二人を半々に見やりながら問えば、ムサシが口を開く。
「俺はクラスのヤツにそう言われたことがある」
「そう言われてたのは知ってる」とヒル魔。
「二人が知ってて、なんで僕だけ知らないんだろう」
「お前に言ったら、俺まで筒抜けだと思われたんだろ」
そう言って、ケケケとヒル魔は笑った。
「俺はヒル魔を甘やかした覚えはねえ」
「僕もないよ」
「俺も甘やかされた覚えはねぇな。大体、なんだその甘やかすってのは」
ムサシと栗田はそろって首をひねっている。
このあたりが「甘やかされている」とみなされる所以なのだけれど、と石丸としては苦笑するしかない。

そこへ「あれ?」という高い声がした。
現れたのは、デビルバッツの美人マネージャー。
「どうしたの、皆で固まっちゃって」
これこれ、こういう話をしていたところだと説明をするのは石丸の役目。
「あー、あったあった。そんな噂」
まもりは大きく頷いた。
「テメーら、くらだねぇことよく覚えてんなぁ」
ヒル魔が心底呆れた声を出す。
「たった1年ぐらいだもん、そう簡単に忘れないよ」
「糞デブと糞ジジイと俺が否定してるんだから、その噂はデタラメだ」
「そうだね。ヒル魔君のは環境がそうさせたんじゃなくて、性格だもんね」
「言うようになったなぁ……姉崎」
妙に感心した調子でムサシがつぶやく。
「怒ってる姉崎をよく見るようになったよ。去年までは一回も見なかったのに」
「やめて、石丸君。人聞きの悪い……。好きで怒ってるわけじゃありません。怒らせる人がいるからです」
「好きで怒らせてるわけじゃありません。勝手に怒る人がいるんです」
「っ、そーゆートコがむかつく……」
「あきらめろ姉崎。コイツの口の悪さは、コイツの個性だ」
「そうそう。よくわかってんじゃねぇか、ムサシ」
「慣れれば気にならなくなるよ」
助言のつもりか、栗田が口を挟む。
「そりゃ……お前はな」
石丸はまた苦笑する。
まもりは、栗田に同意するべきかどうか決めかねているのか、微妙な表情だ。
「ムサシも気にならないでしょ?」
誰も同意してくれないので、栗田は隣を振り返る。
「ならねぇな。聞かなきゃ済む話だ」
「聞いてなかったのかよ。どうりでちょいちょい話がかみあわねーと思った。耳が遠いワケじゃねぇんだな」
「そこまで老けてねぇし」
「中年通り越して老年かと思った。てか、テメーで言うな」
ムサシが面白くもなさそうに口を曲げれば、栗田がフォローのつもりか「いくらなんでも老年は……」と呟く。
「……ちょっと待て、栗田。中年はアリなのか?」
ムサシにつっこまれて、あわあわ、と栗田が口に手を当てた。
ヒル魔は爆笑し、ムサシは更に口をへの字に曲げた。

それは、ほんの1年ほど前までは、良く見られた光景。

実は噂には続きがあった。
だから、ムサシと栗田をヒル魔から離してしまえば、あの悪魔も少しは行動が改まるのではないか、と。
そしてそれを実行に移すべく、ムサシや栗田を遊びに誘ったりする者もいたのだ。
ヒル魔はそれを知っていたのかもしれないが、彼が阻止に走ったという話は聞かなかった。
その目論見は成功しなかったけれど、それとは関係なく、程なくしてこの三角形は崩れてしまう。

けれど今、3人はまた言葉を交わしている。
笑ったり、ときおり困ったような顔をしたり、くるくる表情を変える栗田。
かすかに口の端を上げることはあるが、大体は無愛想な表情のムサシ。
そして……心底楽しそうで上機嫌なヒル魔。

まるで、時が戻ったようだと、まもりと石丸は、そっと目配せをして微笑った。


 了
作品名:二年生’ズ 作家名:相原 亮