キラキラ星革命
「見たことねえ番組だな」
「今日からの新番組なんスよ」
「ふーん」
特に興味もなかったけれど大物芸人が司会を務めるその番組は結構豪華なゲストで固められていて、さまざまな人間の“言葉”を紹介していた。有名なスポーツ選手の信条、投稿者の祖母の遺言、などなど。
「あ、なあオイ隊長なら何て訳すと思う?」
「あー、今のやつか」
「何でィ」
「それが、さっきのコーナーでやってたんですけど、」
「隊長は『アイラブユー』って何て訳します!?」
「はあ?」
「漱石の訳にときめいたっス俺!」
「俺は二葉亭四迷の訳から情熱を感じたね!」
「いや両方ナシだな俺ァ」
「人に振っといて勝手に盛り上がるんじゃねーや」
「ヒッ、すんませんすんませンンン!!」
清光の刀身覗かせてガンつけるとその場の全員が縮み上がって飛び退いた。逃げ遅れた山崎に詰め寄って説明を求める。
つまるところ、番組の中で「アイラブユー」という異国語をどう訳すかという話題が上ったらしい。そしてかの偉人たちの訳が紹介された、と。
「二葉亭四迷は『あなたのためなら死んでもいい』って訳したそうだぜ」
「へえ、」
「普通に訳せば『あなたを愛しています』とかじゃないですか」
「夏目漱石は日本男児たる者そんな表現すんなッつったらしいっすよ」
「何て訳したんでィ」
「『月が綺麗ですね』」
セリフが何重にも重なった。拳をつくって浸りきってるようなのもいれば口に手をあてて笑いを堪えてる奴もいる。
「相手ゼッテー自分がアイラブユーって言われてるとか気付かねえって」
「いやそこがいいんだろ」
「やっぱガツンとストレートに行かんきゃだろ」
「隊長だったらどう訳します?アイラブユー」
「…そうさなァ、」
期待と好奇の目が向けられる。ただオレはこういう場ではあくまで相手をつつく側だ。えさになってやるつもりはない。
「聞きたい奴はオレを惚れさせろってことで」
「やべー隊長カッケー!!」
「言うねェ色男!」
「…悪ィけどオレやっぱもう行くわ」
軽く酒も入ってるんだろう野郎共はやんややんやと盛り上げるけど急に会いたい人ができて、来たばっかだけどおいとまさせてもらうことにした。愛してるなんて間違っても口にできない、不器用な黒髪の後ろ姿を思い浮かべる。
「お、総悟」
すぐに廊下で出くわしたその人はオレを名前で呼び捨てられるのがどんな特権か分かってるのか知れない気安さでこちらに気づく。別にオレは用があったわけでもないから適当に返事してどちらからともなく一緒に歩き出して、なんとなく縁側に腰掛けた。春のはじまりの夜、不安定な気候の中で今日は随分あたたかい。それでも寒がりな土方さんは上着を羽織っていて、雲ひとつない空を見上げて口を開く。
「星が綺麗だな」
「…そうですねィ」
「…前はそんな、目に留めてなかった気もするけど」
お前が隣にいると、空が眩しい気がしてつい見上げちまう。
「……土方さんはロマンティストでしたね」
一瞬時が止まったかと思った。
「…んだよ」
「いえね、漱石がここにもいると思いやして」
「意味わかんねーよ」
「オレが分かってっからいーんでさァ」
そういうつもりがあるのかないのか、月が照らさなくても耳まで赤くなっているのが丸分かりな土方さんのアイラブユーは野暮なこと言わずに受け取っておく。
「土方さん、」
「なんだ」
「アンタを殺すのはオレですぜ」
「あれ、何か今いい雰囲気だった気がしたのに台無しか?」
「告白でさァ」
キスの近さで覗き込んで、ゆっくり目を閉じながら距離をゼロにする。
月が綺麗、星が綺麗。何千何百の景色の中で、この人の隣で見た空の特別なことといったら。
俺の手で、俺の言葉で、空が消える日まで愛してあげる。
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2008.3.14
※当たり前のように漱石や四迷の方がこの人たちより後の時代の人です。
捏造甚だしくてすみません。