深藍色の香りに
「雨は、嫌いじゃないよ」
「別に聞いてないんだがな」
臨也が大きな椅子に座りながら答えると静雄は不機嫌そうに返答をした。その釣れない返答に臨也は眉を寄せて両手を肩の高さまであげる。
「まあまあ、いいじゃないシズちゃん。たまには俺の美意識に耳を傾けるっていうのも乙なものだと個人的には思うけどね」
「誰もお前の美意識に興味は無いと思うけどな」
本当に嫌そうな顔をして静雄は立ち上がり臨也の部屋にある大きな冷蔵庫を漁り始めた。その中からミルクティーを取り出すとコップに注いで口に運んだ。さりげなくもう一つ用意して臨也の分も用意するところが静雄のさりげない優しさだ。臨也もそれを知っているのか差し出されるとにっこりとありがとう、と言ってコップを受け取った。
「俺はシズちゃんの好きなものとか趣味とかに非常に興味があるんだけどね。それこそ俺が人間に抱く興味くらい強いものだよ」
ミルクティーの飲みながら臨也は目の前のソファに座った静雄を見た。静雄は目を瞑って聞き流しながらミルクティーを味わっている。
「そうだ。たとえばこのミルクティー。他にもアップルティーやレモンティーも入っていたはずだ。なのにシズちゃんはミルクティーを迷わずにとった。また一つシズちゃんのことが知れたと思わないかい?」
「手前・・・・そんなとこまで観察してるのか・・・」
油断ならないやつだな、と静雄は目を細めた。臨也はそれほどでも、とくつくつと面白そうに笑った。
「あとはね。シズちゃん匂うよねぇ」
「・・・・・・・・?臭いのは手前だが?」
さりげなくひどい言葉を投げかけてくる静雄に臨也は一瞬笑顔が固まった。そのまま聞かなかったことにして続きを言う。
「俺が前にプレゼントしたブルガリのプールオム。無難だからあげたんだけど使ってくれてるみたいだね。まぁ、田中トムが香水をつけているから嗜みとしてつけたいって言い出したときは俺も切れそうになったけどうんうん。なかなかいいじゃない。俺があげた香水の香りが恋人の体からするってのは最高だね。あ、シズちゃん知ってた?香水ってのはつける人によって少しずつ匂いが変わるものなんだ。だから俺があげた匂いとシズちゃんの匂いが二つで一つの匂いを醸しているわけだ。なんだかそれって不思議なものだよね」
「俺たちみたいだな。混ざり合うことは無いが一緒にいるってのがよ」
静雄が返した言葉に臨也は目を丸くした。まさかそんな返答がかえってくるとは思っていなかった。ふふ、と小さくのどの奥で笑うとそうだね、と返す。
「それにしても手前俺の匂いいつもかいでるのか・・・?」
「いや・・・・そういうわけじゃないよ。こうしているだけで匂うじゃないか」
どのように静雄に思われているのか少し不安になりつつ臨也は苦笑いをした。静雄は鼻を自らのワイシャツに近づけてにおいをかいでいる。
「自分の匂いってのはなかなか気付かないもんだよ」
「そういうものか・・・」
納得したのか静雄は飲み終わったミルクティーのカップを右手に持って臨也の元へと歩み寄った。左手で臨也が飲み終わったカップも回収してキッチンへと向かう。
「酔うね」
それはフレグランスの匂いになのか静雄になのだか臨也には分かっていない。いずれ分かるか、と臨也は自分に言い聞かせ静雄から目を離しパソコンと向き合う。
―――――匂いと同じように一番分からないのは自分かもしれない。
なんてことを考えながらもう一度苦笑いをする。パソコンの電源を落としてもう一度キッチンにいる静雄のほうを見る。仕事が手につかない。恋人が近くにいるときくらい仕事のことなど忘れようか。
「シズちゃん、ヤらない?」