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草臥れて

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「兄さんのお墓を作ってあげたいの」

 魔剣教団の解体から数日後、フォルトゥナは混乱に陥っていた。
 魔剣教団を信仰していた者は当然のこと、更にフォルトゥナに住む者たちも、街の象徴とも言えた教団の壊滅に、何を信じて生きてゆけば良いのか、この先どうなるのかと戸惑った様子だった。教団の再建を望む者、望まない者、はたまた絶望する者、それぞれの言い分は衝突し、恐らく今もそれはどこかで続いているだろう。
 ネロとキリエは、信仰というものにあまり興味がなかったとは言え、教団にいた以上、様々な情報が錯綜し混乱した人々を放っておく事はいけない、と感じた。
 だからこそネロは人々に告げた。

 —————魔剣教団はもうない。神も、天使も、全ては、ただの人間の造り上げた醜い虚像であったのだ、という事を。

 例えそれが人為的なものであったとしても、信じていたものが崩れ去る事がどのような事態をもたらすかは、ネロにもキリエにもよくわかっていた。またそれでも、そこから立ち上がり再び歩き出すためには、ただ目の前の残骸を受け止め、或いは何かを諦め、先のあるを信じる事で目を反らしていたものを見つめ、或いは何かと闘い、新しきを掴まなければならない。
 至極普通の真理だが、しかし立ち上がることは、考えることよりもずっと困難なのだ。
 だからネロとキリエは、自分達なりの決心も含め、人々にそれだけを告げた。どうやって生きていくのか、その先は自分で決めなければならない。まして、自分たちすらも迷っている最中で、誰かを助けられるわけはない。それでも、滅びを望まないとするならば、進まなければならない。二人を襲った残酷だった事象の数々は、皮肉にも二人を前へと進ませた。
 ネロはキリエを連れて、何とかフォルトゥナを復興をさせたいという人たちを手伝った。中には、不明確な真実のせいであらぬ疑いをかけてくる者もいた。二人はそれも受けとめていこうと決めた。大人の尻拭いをする気など(少なくともネロには)毛頭なかったが、道を違えた事実は、罪というものは、誰かが償わなければならない。人が死んだ。自分の兄までもだ。自分だけでない、生き残った人々はみんなそうだ、忘却が死に勝るなら、そうはさせまいと死ぬまでずっと背負って生きていくのだろう。自分たちがそうであるように。

 暫くして二人は、クレドの墓を建てた。キリエにクレドの死を知らせたのは、やはりネロだった。たった一人の肉親であった兄の死を、どうにかしてうまく伝える手段など、ネロは知り得なかった。だからネロは、やはりただ一言、死んでしまったと、そう告げた。
 理由をすぐに言及することもなく、少しの沈黙をおいて堰を切ったように泣き出したキリエに、ネロは、胸を貸してやる事しか出来なかった。自分も泣き出したい衝動にかられたが、何年もの間の他人との衝突や悪魔との対戦によって、涙などとうに枯れてしまった事に気が付いた。自分にとっても兄の様な存在であったクレドの死を、自分は涙を流さないという形でしか悼む事が出来ないのだと知ると、ネロは無性に叫び出したいような気がした。そんなもどかしさに似た無力感も、また右腕のせいではないことを、ネロはよく分かっていた。恨むべきは、もういない。
 そんな自分がキリエに胸を貸す事は、或いは自分もまたキリエに胸を借りる感覚だった。今までと似ているようで少し違う、そしてこれからは自分が、キリエを守るべき存在なのだ。
 ネロは、改めて自分の中に誓いを立てた。
 キリエを守る事は、即ち自分自身を守る事にも繋がる。皮肉にもネロは、自分が人のためにしか闘えない人間であることを悟った。自分は、結局、一人で生きているのではないし、一人では生きていけないのだ。
 やっと気付けた。いつだって導かれていたのだと、ネロは知った。

 涙という涙を全て流したように泣きはらしたあとでキリエはネロに、冒頭のように提案した。その顔は多少憂いを含んでいたとはいえ、笑っていた。ネロも同感だった。迷う余地もなかった。
 教団本部のあった場所から少し離れた場所にあり、崩壊の巻き添えを食わなかった丘に、小さいが立派な墓を建てた。埋めるべき骨を結局見つけることは出来なかったが、花を供え、目を閉じ、両手を合わせ祈った。ほんの一時だというのに、それは二人にはひどく長い時間のように感じられた。
 二人がクレドの為に出来る事は、果たしてそれ以上何もなかった。



「これから、どうしよう」
 キリエが突然呟いた。ネロは、不思議そうにそちらを向く。
「どうしよう?」
「これから私たち、何でも出来るのよ。何処にだって行けるし、きっと何にだってなれる」
 キリエはネックレスを握る。俯いていて、ネロから彼女の表情は分からない。きっと、ある種のこの解放を喜んでいるのでも、懐古でもない。あるとするならば、手に余る自由に対する戸惑いの情。
 晴天の今日をとりわけ祝うでもなく、ただ鳥が飛ぶ。
「何でも、出来るかな」
 ネロが言う。キリエは笑う。
「出来るわ、きっと。ネロは何がしたい?」
 そう聞かれ、ネロは考え出した。
 この右腕がある限り、また悪魔に襲われる可能性は否めない。キリエを巻き込まない可能性など、もちろんない。
 自分の意志は。
 何をすべきなのか。
 何を欲することが赦されるのか。
「・・・・・・今はわからない。けど」
 続けてネロは言う。
「何でも出来るなら、出来ること、やりたいことからやるさ」
 神様がいないなら、それを決めるのは自分たちだ。
 その答えに、キリエはそっと微笑んだ。
「キリエはどうしたいんだ?」
「私?」
 自分にも同じ事を聞かれ、少しだけ考えたのち、キリエは口を開いた。
「また、歌を歌いたい」
 目を細める。ネロはやはり少し驚いたが、すぐに柔らかく笑った。
「出来るかしら」
「出来るさ。出来るように、してみせる。俺がいる」
 詭弁でもなんでもなく、ネロは、力強くそう答えた。
「ネロ」
「なんだ?」
 キリエは自分より背の丈の高いネロを見上げる。
 少しだけ昔のことを思い出す。まだ自分より小さかった、あれはいつだっただろう? いつの間にこんなに大きくなったのだろう? 近くに居過ぎて、気付かなかったのだろうか。それでも、昔と今が繋がっているなら、ネロはずっとネロで、これからも変わらない。
 ただの願望だとは、分かってはいるけれど。
「・・・・・・ううん、なんでもない」
 ただの願望を、差し出す彼の手と、それを取るこの手に懸けて信じてみようと。


 例えば幸せの定義などというもの、そんなものどうだっていい、キリエは思った。
 例えば自由の定義などというもの、そんなものは壊してみせる、ネロは思った。
 笑いあえたらそれは幸せ。例え他の何があって、何がなかったとしても。
作品名:草臥れて 作家名:若井