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みやこたまち
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novelistID. 50004
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小栗虫太郎が好き!

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1.『桐の花』(北原白秋)による小栗虫太郎風推理小説案」

(短歌後の番号は『桐の花』の順番)

「―フム『チョコレート嗅ぎて君待つ雪の夜は湯沸(サモワル)の湯気も静こころなし』(Ⅲ雪 八)とか言うぜ」 と、玉熊の質問を軽くいなした後で、「だから、極寒の内に衰弱した被害者に、居る筈の無い人間を感知させる道理は、湯沸(サモワル)へと帰納されるという訳じゃあないか」と、その場限りの詭弁としか思われぬ発言をする。これには玉熊もあきれて、「おいおい、いい加減現実社会へ帰還してはもらえないかね。大体、ヤカン一つで人間が拵えられるっていうんなら、即席ラアメンなんぞ数百年も昔から出来ていなけりゃ、十露盤に合いやしないだろうじゃないか」と逆襲に転じた。だが、酉水は、「この際、瞬間乾燥技術を殺人に応用する方法のレクチュアは先のこととしてだね」と、玉熊をあっさりやり込め、「つまりは『ああ冬の夜ひとり汝がたく暖炉(ストオブ)の静こころなき吐息おぼゆ』(同 八)となれば、殺害以前にもう一人、暖炉へ火を入れた人間がなきゃならない訳でね。おまけに二人は『雪の夜の赤きゐろりにすり寄りつ人妻とわれと何とすべけむ』(同 九)なんですからな」と、あくまで『桐の花』に拘泥している。「だからと言って、悪夢の後の朝明に、『狂ほしき夜は明けにけり浅みどりキャベツ畑に雪は降りつつ』(同 十)では、あまりに単純すぎやしませんかね」と、玉熊が、同じ『桐の花』から引用して言い負かそうと試みるも、「いや、むしろ『雪ふるキャベツを切ると小男が段段畑をのぼりゆく見ゆ』(同 十)の方でしょう」と煙草の煙をプウプウ吐きながら澄ましている。「すると、君は、山狩りをしろと言うのかね!」と玉熊が仰天すると酉水は、「出来有ればね。だが、手遅れかもしれぬ」と一瞬鎮痛な面持ちを見せた。「なにしろ、『わかき日は赤き胡椒の実のごとくかなしや雪にうづもれにけり』(同 十一)だからね。」と言って、煙草を捨てた。「不吉なことを言うね。」玉熊は百年も前の歌集が現代現実の殺人事件をそのまま描写するという異常に、背筋の凍る思いがしていた。だが、酉水はすぐにこれまでの 冷徹な眼と諧謔を湛えた唇を取り戻して、「『つつましきひとりあるきのさみしさにあぜ菜の香すら知りそめしかな』(Ⅳ 早春 三)『あはれなるキツネノボタン春くれば水に馴れつつ物をこそおもへ』(同 三)か。誰か、この付近の地図を!」と、凍てつくガラスを振るわせるほどの声で命じ、卓上にバサリと地図 を広げ、猫柳、猫柳」 とつぶやきながら、コンパスや、細引き紐で、なにやら測定を始めた。ああ、この、遅い雪に閉じ込められた山の手の密室におこった一件の自然死と思われた出来事を、酉水の超絶的頭脳は、百年の時を経た有名歌集をもって読み解こうとしていた。玉熊は、ただ傍らに立ち尽くし、今では 完全に事件解明の原動力となった酉水の一挙手一投足を見守っている。

 やがて、糸巻きをコロコロと転がした酉水は、「『細葱の光をかなしむと真昼しみらに子犬つるめる』(同七)と行こうか」 と玉熊の方を叩いた。玉熊は頷いて、警察犬の手配を済ませ、「さて、犬が来るまで間があるから、『ふくれたるあかき手を当てハシタメが泣ける厨に春は引かれり』(同 八)とあるし、女中の話でも聞いてみようじゃあないか」と、酉水に声をかけたが、酉水は「その方面は君に任せるよ」 とそっけなく言って、傍らのソファーにどっかりと腰を下ろし、沈思黙考 に入ったのだった。(未完)

2. 著者之序(の口)

 この小説の慣性(←ママ)によって、それまで発表した幾つかの作品は、いずれも路傍の雑草のごとく、哀れ果敢ないものになってしまった。のみならず、本編がこちらに連載された暁には、褒められるにも、誹られるにも、悉く最大級の無視を以ってせられるやもしれず。事実、その危惧の中で、私は散々に揉み抜かれたのである。恐らく、ネット上に素人作家が出現して以来、かくも私ほど無視された作家も、例しなかったことであろう。が、また一面には、狂熱的に指示してくれる読者も、二三あって、殊に、平素私になど見向きもせぬと思われるような方面から、霰々たる激励の声を聴いたのも、空耳であった。
 しかし、毫も私は、この怖ろしい戦場を見捨てて、退却する気にはなれなかったのだが、そうして回を重ねていくうちに、案外、生え抜きの小説読者の間にも、私の読者が少ないのを知って、心強くなった。ともあれ、この一遍は、いろいろな意味からして、私にとると、貧しい知識の集積とも云えるのである。
 さて、此処で一言述べておきたいのは、これまでも頻繁に問われた事も無かった事だが、この長編を編み上げるに就いて、そもそも着想を何から得たか-という事である。勿論主題はゲーテの「ファウスト」であるはずはないが、大体私の奇癖として、なにか一つでも視覚的な情景があると、書き出しや結末が、労せずに浮かんで来るのだ。それが本編では、どこにつかわれるかは未定の、-すなわち、生放送中のマイスタ前を訪れる場面にあたるのである。それ故、坩堝撫子の着想を「ズームイン朝」から得たといっても過言では無いと思う。
(以下省略)