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なるべく足音を立てずにひな壇に上れ、とスピーカーから出た学年主任の声が体育館の壁に反射して何重にも聞こえる。俺らの学年が入学した年から使い始めた体育館は三年経とうとしている今でも床が水銀灯を映している。赤いラインテープが端から剥がれて丸まっていて俺はそれをパチパチ弾きながら歩く。三年生全生徒がぞろぞろ連なって歩いていて、息は白い。口をつく言葉は寒いとかその程度だ。楽譜を持った女子がスカートの裾を押えて舞台の階段を駆け上がる。前の奴が制服の乱れを注意された。


舞台の上に簡単に組み立てられた薄いスチールのひな壇で足音を立てるなというのは無理な話だ。指示された場所に立つと千石の派手な頭が一段下にあった。この角度から千石の頭を見ることなんてそう無いから妙な感じだ。俺と千石がいるのは舞台の右端のほうで、中央から背の順に並ぶはずだから俺と身長差が八センチ程ある千石が同じ列に並んでいるのはおかしいのだけれどどうせ素行が悪いふらふらするオレンジ頭は端に追いやられたのだろう。千石は隣の奴と喋っていたからなんとなく声を掛けるのを躊躇った。喋っていなくたって声はかけなかったかもしれない、わからないけど。フロアに立つ大勢の教師の視線が刺さって窮屈だ。目を細めて正面の時計を見る。冷たくなった息はもう白くなかった。


歌っている最中に千石はさっきとは逆隣の奴に何か話しかけて笑った。人をからかうときによく見せる笑い方で、大方その対象は前に立って指揮壇の上で腕を振る生徒会長だろう。俺は歌うことが少し好きだけれど得意ではない。こんな大勢で歌っていて自分の声さえ聞こえないくらいなのだからそう大声で歌わない限り千石には自分の声は届かないだろうけれど何となく口を小さく動かした。


きっちり整列させられた壇の上では身動ぎひとつもろくにとれずに三十分ほどの練習で随分疲労した。この後にもまだ授業がある。爪先が冷たい。西側の窓からは冬の空が見える。その窓から外に出ると体育館の屋根に登ることができるのだ。俺はこの体育館が好きだった。


終了予定時刻を過ぎても練習は終わらなくてチャイムと同時に不満の声があがる。教師から指示の声が飛ぶが聞き取れない。指揮者が音楽担任に注意を受けていて、千石と隣の生徒がまたふらふらしながら笑う。並ぶ白い背中を見てふと思う。俺はもしかして今にも千石をひな壇から突き落とすんじゃないだろうか。体の芯がぐらりと揺れたような気がして足元に視線を落とすと千石の踏み潰された革靴の踵が目に入った。


いや、そんなこと俺がするわけがない。でも、まさか、何かにとりつかれたかのようにやらないほうが不自然に思えて来たのだ。千石だけじゃなくその下に立つ生徒がどうなるか想像が頭を掠める。心臓が一度震え上がる。俺は千石を突き落とすのかもしれない。


何度目かの伴奏はなかなか始まらない。始まればこのおかしな考えは吹き飛ぶかもしれないのに周りの雑音がどんどん消えていくような気さえする。俺は千石を嫌っていたのだろうか?自分を疑いながらも腿の横に垂れていた腕が痙攣して持ち上がった。息を吸い込むと首の筋が軋んだ。震える俺の両手は白い肩に伸びて強く前に
作品名: 作家名:九頭竜川