悪魔と踊れ
あなたがシュヴェリン王国の姫君であり、シュヴェリン王国を護る義務があるように。
「故に我々はフランケル地方の人間を丸ごと消し去ったとしても、あの一帯が欲しいのです」
有馬信実によって改めて吐露された帝國の本音にカナの背筋が冷えた。
蒼白となる彼女をよそに有馬は続ける。
「だが、幸か不幸か。1/4とはいえ、あなたは帝國の血を引いていた」
「すべてお爺様の七光りのおかげということ?」
「さすがは姫様。ご慧眼いたみいります」
否定くらいしなさいよ。
カナは唇を尖らせた。
七光りを自覚はしていても、他人に……しかも、この男に肯定されるのは不愉快だ。
「実際のところは七光りというよりも、渡りに船です。そのおかげで我々、帝國も助かった。姫様は死なずにすみ、自分は姫様を殺さずにすんだ。どちらにせよ、お爺様に感謝しましょう」
さらりと物騒な告白しながら、彼は言葉を継ぐ。
「それに彼から頼まれたそうですから」
「でも、お爺様はずっと前に亡くなっ……」
しかし、そこでカナは気づいた。
帝國の将軍に引き渡した日記に、祖父は何か書き残していたのかもしれない。
有馬を見つめると、彼の眼差しが柔らかくなる。
「彼に応えることは、帝國の義務であり誇り」
彼の言葉は額面どおりには受け取れない。相手は『帝國』。受け取ってはいけないのだ。
「ただ、そうしたほうがあなたたちに都合がいいからでしょう?」
「しかし、お爺様の遺品は、帝國の方針に一石を投じたことは確かです」
そして、彼の声が僅かに揶揄を含んだものになった。
「カナ姫様。我々を私兵としたあなたにならできる。お爺様にはできなかったことが」
シュトレリッツ・シュワルツブルク連合軍だけではなく、メクレンブルクも殲滅できることを密かに匂わせる。
「あなたの一言で実行できる。あなたがこの地方に生きる民の生殺与奪を握っている」
それは悪魔の囁き。そして、彼から漂う気配は初対面のあのとき以上に剣呑だ。
「そ、れは……」
喉が干上がり、声が詰まる。
だが、有馬はにこりと笑った。
「冗談です。あなたに貸し出されている限り、我々はあなたの私兵だ。あなたに従うことが帝國の意思。状況が赦す限り、ではありますが……それでも、望まぬことはやりません」
あのダークエルフは、『主はお人好し』だと言っていた。
しかし、お人好しとはいえ、悪魔は悪魔でしかない。
やはり自分は、魔王との契約書にサインしてしまったのかもしれない。
カナは有馬を見つめながら、そんなことを考えていた。
(20100305)