なぜって、『愛』しかないでしょう。
きっとそうに違いない。
…嫌、違うかもしれない。
俺の周りに居るコイツラに手伝ってもらって俺が何を考えているのか当てるのかもしれない。
そう思って俺の周りでクスクス笑う妖精たちに尋ねてみるが、皆首を振った。
なら、どうして日本には俺が考えていることを全てわかられてしまうのだろう。
「今日は来て下さったときから随分と難しい顔をされてますが…何かあったんですか?」
日本が俺の前にグリーンティーの入ったユノミを置きながら首を傾げた。
そんな仕草一つ一つにときめいてることも知られているのかもしれない。
ああ、なんて小悪魔なんだ日本め。
まったくもって愛おしさはとどまるところを知らない。
「いや、何かあったというか・・・日本はなぜ…。ああ、なんでもないんだ。」
「私がなぜイギリスさんの考えていることがわかるか…ですか?」
ずずっと音を立てて熱いグリーンティーを一口飲んで日本がサラリという。
「っ!」
また当てられた。
「当たりました?」
「…あぁ。」
茫然と頷いた俺に満足そうに日本は微笑む。
もしもこの世に女神が居たとしたのなら、きっとこんな風に微笑むのだろう。
「ふふ、なんでだと思います?」
楽しそうに弾む日本の声に俺の鼓動は一気に跳ね上がる。
ああ、なんと麗しい日本!
「…人の、心が読めるのか?」
「まさかっ!もし私に人の心が読めたなら、アメリカさんやイタリアくんの突拍子の無い行動は未然に防ぎますよ?」
日本の口から雑音が聞こえて俺は僅かに眉を寄せた。
とはいえ、心の狭い男は嫌われる。
敢えて平常心を装い会話を続ける。
「まぁ、あいつらは日本を気に入っているからな。日本はいつも迷惑被っているもんな。」
「迷惑だなんてそんなこと…。」
日本が言葉を止めて俺を見て苦笑した。
「彼らの行動を止めてくれるイギリスさんにはいつも感謝してます。だから、そんなに妬かないで下さい。」
また、当てられて一気に顔が熱くなる。
クソッ、なんで日本にはすぐばれるんだ?
「妬いてなんかないっ。」
「そうでしたか、それは失礼しました。」
申し訳なさそうに頭を下げる日本に罪悪感が残る。
「妬いてほしくて、彼らの名を出したんですが…。」
今にも消えそうなほど小さな声が聞こえて、俺は弾かれたように日本を見た。
日本は俯いて自分の表情を隠していたが、その耳は驚くほど赤くなっている。
嗚呼、神よ!
この可愛い生き物をこの世に産んでくれて本当にありがとう!
「日本…。」
「こんなじじぃが何を言ってるんでしょう・・・いい年して。」
「日本…っ。」
「・・・。」
「にほっ」
「駄目です。」
ピシャリと日本が言いった。
「え?」
「駄目ですよ、イギリスさん?今はまだこんなに太陽が高い時間です。今、イギリスさんがされたいことは手に取るようにわかりますが、控えてください。」
日本ははっきりと言いきって、俺から一歩離れた。
「な、」
また当てられた。
今にも日本の肩に触れそうだった俺の両手が行き場をなくしてヘナヘナと落ちる。
「なんでわかったんだ?」
「だから、なんでだと思います?」
「よ、妖精にこっそり手伝ってもらう、とか。」
「残念ながら私には貴方の周りに居るその方々が見えないのです。」
「本当か?」
「本当です。」
まだ疑り深く日本を見る俺に、日本はまた苦笑した。
「もし私にも貴方と同じ世界を見ることが出来たら、と、考えることはありますけどね。」
嗚呼、全知全能なる偉大な神よ!
俺は一生をかけて貴方に願う!
この愛しい人に俺と同じ世界を見せてくれ。
そのためなら、俺はこの両目を捨てよう!
「…俺と、生活を共にすれば見えるようになるかもしれないぞ。」
「プロポーズみたいですね。」
嬉しそうにハニカム日本に俺は腰砕けだ。
誰か!日本に「そうだ。」と言える勇気を俺にくれ!
「俺と共に起きて、俺と共に食事して…俺と共に寝れば、きっと。」
「『食事』の部分だけ考えさせて下さい。」
日本がまた一歩俺から離れた。
「日本は俺が好きか?」
「…おや?わかりませんか?」
にこにこと笑う日本をじっと見ても日本の思うことなんてわかりゃしない。
それどころか日本の眼をじっと見ていると、吸い込まれそうになる。
日本の眼の向こうにはキラキラと星が瞬く宇宙になっていて、俺はその広大な宇宙に飲み込まれそうだ。
少し弧を描く唇は桜色に染まり俺を誘うように揺らめく。
その柔らかそうな唇に口付けたい…言い変えよう、貪りたい。
日本を形成するその全てが愛おしくて、気が狂いそうだ。
言葉になんて変えられない、なんて、伝えれば日本にわかってもらえる?
「わかってますよ。」
「…え?」
トリップしていた俺に日本の声が届く。
「イギリスさんがどれだけ私を愛しんでくださっているのか、私にはわかります。」
「…言葉にしなくても、わかるのか?」
「ええ。」
「でも、俺には日本が本当は俺をどう思っているのか、全然わからないんだ。」
俺は眼を伏せた。
情けない、何が紳士だと笑われても仕方ない…それでも俺は不安どうしようもない。
俺が思うように日本は俺を思っていてくれるのか?
ただの、日本の優しさか?
「言葉にするのは、苦手でして…でもイギリスさんを不安にさせたかったわけでは無いんです。」
俺が不安がってることもわかっているのか…それなら、と恥を忍んで日本に言った。
「俺を愛してくれているのなら、そう言ってくれ。」
日本は少し照れくさそうに笑みを浮かべ、俺を見た。
俺は思わずゴクリと唾を飲む。
日本はゆっくりと口を開き、
「お茶、冷めてしまいましたね、取り替えてきましょう。」
席を立った。
「え?」
襖を閉めながら、日本の「ふふっ」という忍び笑いが聞こえる。
「ちょ、ちょっと待て、日本!?」
襖がまたすぐ開く。
日本が顔だけ覗かせ天女の笑みを浮かべる。
「そういえばイギリスさん、さっきこうおっしゃってましたね。共に眠り、共に起きれば貴方と同じ世界を見ることが出来るかもしれないと。」
「あ、あぁ。それに食事も、」
「それは遠慮します。」
日本が即答した。
意気消沈して肩を落とした俺に日本から信じられない言葉が降ってくる。
「今日、実践してみませんか?お時間があるのでしたらうちに泊って行ってくださいな。」
「ぇ?・・・あ、あぁ。…ああ!!、勿論!」
「良かった、では、敷く布団はひと組で構いませんね?」
俺は日本の家にあるあの小柄な布団を思い浮かべた。
「そ、それって…。」
「私と共に眠って下さいますか?」
「ももも、ももちろんっ。」
「嬉しいです。」
今度こそお茶を淹れなおすために襖を閉めて、台所へ向かった日本に、俺はハッと気づいて叫んだ。
「に、日本!共に眠るってのは『添い寝』って意味じゃないぞ!!??。」
俺の大声にすぐに言葉が返ってくる。
「そんなこと、わかってますよ。」
作品名:なぜって、『愛』しかないでしょう。 作家名:阿古屋珠