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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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そうだろうな、と近藤は思った。まだ幼い子に対し、事がどうしてこうなったのか説明なんかできるわけない。その子は何歳なんだろう。声からすると、十歳くらいか。八年前にガミラスがやって来たとき二歳くらい――親にすればおそらくいちばんかわいい盛(さか)りだ。これからこの子の成長を見届けようと言うところに遊星が落ちた。陽の光の差し込まない地下都市で、子を育てねばならなくなった。

神を恨んだことだろう。こうと知るなら子を作りなどしなかったのに、なぜこのときに授けたと。大人になれずに死ぬとわかっている子を育てる悔しさは、近藤にはとても想像できなかった。この七年、救いを求め続けてきたに違いない。奇跡を請い願ってきたに違いない。我が子の命を救けるためなら敵に身を売りさえしたかもしれない。

そこに〈ヤマト〉が現れた。〈イスカンダル〉と呼ばれる星へ子を救いに旅立つ船が。

それはまさしく、子を持つ親にするならば絶望の中の希望だった。この地下都市に射し込む唯一の光だったのだ。宇宙戦艦〈ヤマト〉は波動砲という強力な武器を持ち、ガミラス基地を冥王星ごと吹き飛ばして外宇宙へ出ていくとされた。地球人が波動エンジンを持ちさえすればガミラスに勝てるとずっと言われてきた。その言葉が証明されるときが来た。祈ってきた奇跡が訪れたはずだったのだ。

〈ヤマト〉が冥王星を撃てば世界じゅうの子の命が救われる。

だから〈ヤマト〉が飛び立ってからこの四週間ばかり、子を持つ親はみな言ってきたのだろう。〈ヤマト〉はきっと帰ってくる。お前を救けてくれるんだ。それができる証拠として、冥王星を吹き飛ばしてくれるんだ、と。

当然だ。それが親だ。そう考えて子供に言って何が悪い。もしそうしない親がいたら、そいつは親とかいう以前に人間じゃない。都知事の原口裕太郎と同類の、悪魔に魂を売り渡し良心の最後のカケラも失くした地獄の亡者だ。

そうなってしまった者達が、今この球場を囲んでいる。〈ヤマト〉に冥王星を撃たすな。代わりにすべての子を殺そう。そう叫んで押し寄せている。独裁者やカルト思想や宗教にすがり、ガミラスを善とみなす価値観を持つところまで至ったならば、子を殺すのが正義で愛だ。民兵どもがこの球場に雪崩れ込んできたならば、火を放ってすべてを燃やし子供という子供を捕まえて殺すだろう。それがこの暗闇の中で人類が見る最後の光景となるのだ。どうせ、じきに酸素が尽きて今日のうちにみな死ぬのだから。

なぜだ、と思った。一体どうしてこんなことになったんだ。そこにいる親子のように皆が〈ヤマト〉を信じたならば、決してこんな愚かな最期を迎えることはなかったはずだ。それなのに――。

「〈ヤマト〉なんて最初からどうせいないに決まってるんだ」また誰かが言うのが聞こえた。「ぜんぶ政府の嘘だってわかりそうなもんなのに、バカが真に受けるから……」

なんだと、とまた思った。バカはお前だ。なぜ〈ヤマト〉を信じなかった――それは自分に向けた問いでもあった。おれは野球のピッチャーだった。明日を信じよう。絶望に負けなければオレ達は勝てる。だから力を合わせよう。皆の心をひとつにしよう。そう叫んで投げていた。皆が声援を送ってくれた。この地下都市でも、最初のうちは――だが、客席は次第に空きが目立つようになっていき、応援の声はしぼんでいき、遂にはおれも身を入れて投げられなくなっていった。今では一体なんのために選手を続けているかもわからず、ただ給料が出るままに……。

〈ヤマト〉が宇宙に出たときにおれは叫ぶべきだったんだと近藤は気づいた。信じよう。そう人々に訴えるべきだったんだ。この球場はそのためにあったはずなのだから。

だから言うべきだった。おれは信じる。みんな〈ヤマト〉を信じよう。そう叫ぶべきだった。何も変えられないかもしれない。狂ったやつらに捕まって、二度とボールが投げられないようその腕斬り落としてやると言われ、ほんとにやられちまったかもしれない。だが、腕を失くしても、まだ叫ぶべきだった。おれは負けない。信じるぞと。〈ヤマト〉は帰る。必ず敵を打ち負かす。すべての子を救いに戻ってくると信じる。

狂信者どもよ、次にはおれの舌をひっこ抜いてみろ。それでも残ったこっちの手で壁に《信じる》と書いてやる。そう叫ぶべきだった。皆が〈ヤマト〉を信じたならば決してこんな終わり方だけはしないで済んだはずなのに、どうして……。

「いるよ」

と言った。遅過ぎた、と思いながら、それでも近くにいる子供に聞こえるように近藤は言った。

「〈ヤマト〉はいるよ。必ず敵をやっつけてくれるよ。絶対に……」

一瞬、場が静まった。子を抱える親達が感謝の眼を向けてくれたように感じたが、暗くてよくわからなかった。だが、誰かの声がした。

「そうだよ。そのときは電気だって……」

元に戻る。そうすれば、空気も回復するのだろうか。だろうな。〈ヤマト〉が勝つならば――電気や酸素だけでなく、人は取り戻すだろう。希望を。そして叫ぶだろう。『信じる』と。〈ヤマト〉よ、オレ達は信じるぞ。君の帰りを待ってるぞ、と。

だがまだ、街は暗闇と絶望とに覆われていた。近藤の声は線香花火のように小さな光に過ぎなかった。それは儚く尽きて落ち、燃え広がることはなかった。