敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
第三艦橋喪失
「ブレーキ!」
森が叫んで制動レバーを引いた。途端に船が壁にでもぶつかったような衝撃を受け、体が前にのめり出る。ビームは船の前方をかすめるように抜けていった。
「避けた! うまいぞ!」
太田が叫ぶ。彼はただちに今の衛星のデータを分析にかけていた。さらに南部の手がコンソールを駆け巡り、副砲への指示を入力。
そして叫んだ。「てーっ!」
艦橋すぐ前の副砲が火を吹き、敵の衛星をバラバラに砕いた。真珠貝の殻のような四枚のパネルがキラキラと輝きながら宇宙に散る。
対艦ビーム、三発目はこちらの勝ち。だが、いつまでこれが続くか。こんなのは、たまたまうまくいっただけ――真田は思った。一度制動をかけた〈ヤマト〉はまたグイグイと加速して、冥王星に突っ込んでいく。〈ハートマーク〉が窓にみるみる大きくなっていくのが見えた。
〈魔女〉か、と思う。ハートの中に、冷ややかに笑う女の顔が見えた気がした。魔女も魔女なら、蛇の髪を振り乱すメデューサとでもいう名前の魔女が――。
今この星の周りには無数の蛇の頭が浮いて、やってくるものを狙っているのか。〈ヤマト〉が近づけば近づくほどに、その攻撃は躱し難く、咬まれたときの打撃は強さを増すはずだ。いずれ直撃を喰らったら、ただ一撃に〈ヤマト〉は真っ二つにされて蛇の餌食となる――。
そうではないのか? だが艦長は、敵は〈ヤマト〉を一撃に沈めることはないと言う。なぜ――しかし、それを問う前に、真田としては考えなければならなかった。この奇妙な衛星はなんだ? なぜこんなものが対艦ビーム砲撃能力を持っている? しかもどうやら、衛星として星の周りに張り巡らせはできるけれども、しかし他所(よそ)へ持ち出すことはできない武器?
どうしてそんな妙な話が……一体全体、なんなのだと真田は思った。しかしともかく、これが罠として有効なのは疑いない。艦長は『一撃で殺られることはない』などと言うが、二撃三撃四撃喰らえばやはりおしまいに違いないのだ。こいつをなんとかしなければ、いずれ――。
と、突き上げるような衝撃を感じた。まるで下からハンマーで床をぶっ叩かれでもしたような。
「やられました!」新見が叫んだ。「〈サラマンダー〉に直撃!」
四発目だ。今度はモロに喰らったのだ。メインスクリーンに映像が出る。〈ヤマト〉艦底、第三艦橋〈サラマンダー〉。そのすべての区画の〈存命〉を表すサインが消えて、〈死んで〉しまったのが表示されていた。
そこには今後の航海を支える設備の数々と、そして何より、航空隊が帰還したとき着艦誘導を行うための管制室が存在する。この戦いで第三艦橋を失うことは、たとえ勝ってもすべての戦闘機を置き去りにしてこの宙域を離脱せねばならなくなるのを意味しかねない。
にもかかわらず、殺られてしまった。なんてことだ。これではもう――スクリーンを見上げて思った。〈サラマンダー〉には技術科のラボの分室もある。今、そこにいたはずの部下の名を真田は声に出して言った。
「斎藤……!」
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之