敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
折れ曲がる光
〈ゼロ〉は気流に煽(あお)られながら、白茶けた平原の上を飛んでいた。すでに数回、星の上を渦巻き状にまわっているが、景色に大きな変化はない。地平のカロンがゆっくりと横に動いていくだけだ。
古代が見る冥王星の地表は一度溶けたアイスクリームを冷蔵庫で凍らせ直し、出してはまた半分食べて凍らせて――と、そんなことを繰り返して食えたものでなくしたような荒れたガチガチの氷のかさぶた。ウロコのような紋を作ってそれが広がっている上を二機の〈ゼロ〉は飛んでいる。
今のところ、めぼしいものは見つからない。あっても気づかずその上を飛び越してしまったのではないかという不安にかられる。
が、それ以上に、どういうことなのだと思う。敵地を飛んでいるはずなのに、相変わらず敵は何も仕掛けてこない。まさかここにいるおれ達に気づいてないなんてことがあるとも思えないが……。
どういうことなのだろう。わざと好きにさせているのか? 基地が見つからぬ自信でもあるか、それともどうせ蛻(もぬけ)のカラで、失くしたところで構いはしないとでも思っているか。
あるいはそうなのかもしれない。もはや昨日に地球人類が滅んだ今、この星の基地を死守する必要などもうガミラスは持たないのだ。どうせ廃棄する基地なら、囮の役を果たさせるのはむしろ有効利用と言うもの。だからあえておれ達戦闘機部隊には手を出さずにほっておく――そういうことなんだろうか。
敵の狙いはあくまで〈ヤマト〉。それもわかりきった話だ。すべては〈ヤマト〉をこの星に誘うため計画されたことでもある。それと知りつつあえて沖田が虎口に入る道を選んだ――いや、逆に沖田の方が、虎児を得るための口を敵に開けさせたのかもしれぬが――とにかく、敵はおれ達戦闘機隊のことは眼中にない。
と、そういうことなのか。確かに〈ヤマト〉が沈んだら、核で基地を潰したところでなんの意味もなくなってしまう。おれ達は帰るところを失って、燃料が尽きて自分で墜ちるだけ。だからわざわざ迎撃機を出す必要はナシ。
そうだ。そのため、こうしてほっておかれてる。ならば、と思った。さっき見た空を横切るあの光。
あれは対艦ビームだった。ならば〈ヤマト〉を狙ったものと言うことになる。あのビームが進んだ先に〈ヤマト〉がいた、と言うのであれば……。
まさか、と思う。〈ヤマト〉はあれに貫かれたのか? あれっきり同じ光を見ないと言うのはつまり、あの一発で〈ヤマト〉は沈んだ?
いや、そんな。どんな対艦ビームだろうと、ただ一発で沈むほど〈ヤマト〉はヤワではないはずだ。しかし大破させられて動けないでいるとしたら――。
何人かの顔が浮かんだ。整備員の大山田に、結城という船務科員。佐渡先生に、島と、それから、森なんとか。
ユキか。まったく、どうしてあんなの、こんなときに思い出すのか――けれどもあの小展望室であの女がおれを見た顔。
あのとき、なんと言われたんだっけ。思い出せない。出くわすたびにペラペラと立派なことをエリートらしくまくしたてられてきたけれど、ひとつも頭に入っていることがない。ただ、なぜかその眼がいつも、おれに向かって別のことを訴えかけてきていたような――。
あの彼女がブレーキかけてビームを躱すと言う話だったが、今ではもうその手は通じないはずだ。冥王星に取り付いた後は、星の丸みを盾にしてビームの火線を逃れる作戦だった。けれども敵は、〈ヤマト〉がそうすることを見越して対策を講じていたことになる。さっきおれが見た光線がそれだと言うなら、つまり〈ヤマト〉はあれに撃たれたことになるが……。
わからん。しかし、どうなってんだ? あの光は、まるで見当違いのところを抜けた。そのようにしか見えなかった。〈ヤマト〉を狙う光線が、今おれが飛ぶこの場所で見えるわけがそもそもないのに――。
と、思ったときだった。古代はまた光を見た。キャノピー窓の横側に、地平線の遠い彼方。黒い宇宙を一本の光線が後ろから前に抜けていく。
同じ光だ! 古代がそう思ったとき、ビームが〈ゼロ〉の前方で折れ曲がったように見えた。え?と思うとまた曲がり、地平線の下に消える。
「なんだ?」
言ったときだった。〈ゼロ〉の翼が気流に煽られ、コントロールを失った。脱出速度を超える速度で飛ぶ機体が上昇し、敵の対空レーダーに捉えられたことを報せる警報が鳴る。
途端、四方八方から、パルスビームが〈ゼロ〉めがけて飛んできた。古代はロールを打って躱し、クルクルと螺旋を切って高度を下げる。
そこに対空ミサイルが来た。後方からエンジンの熱を探知し何発も追ってくると同時に前からも数発。
「わわっ」
と叫んで古代は機を踊らせた。全部躱して振り切るのにグルグルと宙を転げまわらなければならなかった。
やっと最後の一発を地に叩きつけさせて、
「おーあぶねえ……」
そこに山本から通信が来た。『大丈夫ですか』
「ってなんだよ。今の、見てただけか?」
『ええまあ……ヘタに撃つと隊長に当たりそうだったので』
「ちぇっ」と言った。「それより、光を見たか?」
『見ました。宙で曲がったような……』
「やっぱり」
と言った。それから気づいた。あれはやはり対艦ビーム。ならば狙い撃たれたのは〈ヤマト〉!
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之