敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女
和田アキ子の国
「攻撃は続けていますが〈石崎の僕(しもべ)〉の護りは固く、陣に穴を開けられません。報告では犠牲者多数……」
防衛軍司令部で、藤堂は情報局員の説明を聞いていた。スクリーンに北変電所の図が映され、推測される敵の配置が描かれている。
変電所はそもそもが要塞と呼べる造りになっていた。テロリストの襲撃に備え、塀と金網と有刺鉄線に幾重にも巻かれ、地下都市の北の壁を背にしている。その内部にいる者は、壕やトンネルを自由に行き来し、タマ避けに護られながらやって来る者を狙い撃てるのだ。
それが今は、人を自(みずか)ら滅ぼそうとする者達に奪われてしまった。取り戻すのに、こちらは一体どれだけの犠牲を出さねばならぬのか。いや、そもそも、取り戻すことができるのか……藤堂は時計を眺めやり、残された時間は果たしてどれだけあるのだろうと考えた。
すまぬ、としか言いようがない。今は犠牲を顧みている余裕はないのだ。
「それでも相手のカメラやマイク、対人レーダーといったものは概ね潰したとみられます。元よりこれらはどこにどう配置されていたのかこちらは知っていたわけで、その情報に基づいて破壊するのは比較的容易なものでありました」
「ふむ」と言った。「やつらにしても、こちらを迎え撃つのには命を懸けねばならんわけだな」
砦の奥でカメラが映す像を見ながら無人装置を動かして、好き放題にこちらを撃つのは敵にさせない。こちら側のスナイパーが狙える場所に、敵の顔を出させられるのだ。敵は数に限りがあって、玉砕すればそれで終わりであるのに対し、こちらはまだまだ増援を送り込める余地がある。だからそれだけを考えるなら、いずれこちらが勝つことは時間の問題と言えるのだが……。
そうだ、時間の問題なのだ。ただ、それまでのリミットがあまりに短いということだ。決死の隊に護られる強固そのものの要塞を限られた時間のうちに果たして攻め落とせるのか。
藤堂はマルチスクリーンに眼を向けた。いくつものカメラが捉えた画像がそこに映し出されている。弾幕の中に銃剣を手に突撃する兵士達。死体の山。火に包まれて墜落するタッドポール。
これはまるで第二次大戦を再現した映画ではないか。ノルマンディの上陸か、スターリングラード攻防か、硫黄島の玉砕戦か……あの戦争で、ペリリューやアッツといった島の日本兵達は、百倍の敵に対してどれだけ持ちこたえたといったろう? 攻める米英指揮官は、日本の旗が立つ島を見て、あんな旗は三日、いやいや、三時間で奪い取ってオレの部屋のテーブルクロスにしてやるわ。今夜のメシはその赤丸に皿を置き、ミートボールを山盛りにして、やつらからいただく〈サケ〉で祝うのだ――などと笑って兵を進ませ、返り討ちに遭ったのではなかったか? ありとあらゆる戦場で、日本兵は持久した。三週間も三ヶ月も、天皇の〈和〉に応えるために。
天皇陛下の〈和〉だけが世界を変えられると信じるからこそ彼らは戦い、死ねたのだ。今、我らが倒さねばならない敵はその末裔だと藤堂は思った。石崎という男の〈愛〉、ただそれだけが地球を救い、宇宙に平和をもたらすのだと本気で信じる者達の城を、いま本当に三時間で落とさなければならないのだ。そんなことができるだろうか?
いや、しかし、やるしかないのだ。こうしている間も街の酸素は失われているのだから……そしてまた、もうひとつ、脅威が迫っているのだから。藤堂は〈全土〉の状況を映すパネルに眼を向けた。地球各地の地下都市と間を結ぶ無数のトンネル。今、日本へと八方から穴を進んでくる者達が示されている。
日本人を殺せ殺せと叫びながら……一体どうしてこんなことになったのだろう。わかっていても考えずにいられなかった。
「まったく」と口にする者がいる。「誰のおかげで今日まで生きてこれたと思ってるんだ。その恩もわきまえず……」
「やめろ。そういうことを言うから、反日思想が手の付けられんようになるんだ」
「なんだと。ほんとのことだろうが。地熱発電も地下農場も、全部みんな日本が造って世界にくれてやったもんだぞ。そのおかげで命長らえてきたというのに、こんなふうに停電しても有り難みがわからんのか」
「だからと言ってあのな……」
「『あのな』じゃない! 宇宙船だってみんな日本が造ったものなんだぞ。日本の船に『ヤマト』と名付けて日本人を乗せて何が悪いのだ。それでなくてどうして人類を代表して世界を救う船が出来るのだ」
「頼むからこんなときにそんな話はやめてくれ」
まったくだ、といがみ合うふたりの男を見て思った。この日本は〈和の国〉であるはずだろうに、いい大人が聞いてあきれる。まるで子供の国としか思えぬようなことばかり……。
だから日本はいつまでたっても〈和の国〉でなく〈和田アキ子の国〉なのだ、と、意味はよくわからないが昭和の昔から言われてきたらしい言葉を藤堂は頭に思い浮かべた。アジア諸国に『笑って許して』、欧米には『だってしょうがないじゃない』と言い続け、『平和の鐘を鳴らすのは日本だ』などと謳(うた)いつつ、ただユラユラとしているだけの『やじろべえ』――そうやって知らぬ存ぜぬとごまかしていたツケが積もり積み重なって、いま取立てがやって来る。にもかかわらずそれがまったくわかっていない人間ばかり……。
「外国人暴徒の狙いは地下東京です」と情報局員が言う。「朝鮮から来る最初の群れが、じき到達するでしょう。それまでせいぜい一時間というところだと思われます」
ひとりの者が、「なんとか止められんのか?」
「方法はなくもありません。先頭集団はタッドポールで来るわけですが、あの乗り物は巡航で時速二百キロも出ませんから。推進機さえ奪ってしまえばただの反重力風船です。狭いトンネルを来るのをビームで迎え撃つのは決して難しくありません」
情報局員はスクリーンに説明図を表示させた。他にもいくつか、外部から敵が街に雪崩れ込むのを防ぐプランが提示される。
「すべて秘密裏にシミュレートして、訓練を済ませた人員をすでに配置させています」
「とりあえず有効なものと考えていいと? こうした事態を想定して予(あらかじ)め策を講じていたと言うのか」
「はい――しかしお分かりでしょうが、これらは時間稼ぎに過ぎないものとお考えください。来る者達を殺したところで火に油を注ぐだけで、完全に食い止めるのはまず無理です。こちらの力は相手の車両や航空機の足止めに努め、戦いながら後退するものとして案が組まれています。対せるのは朝鮮や台湾といった近隣から来るものだけで、八方全部への対処はできません。そんな余裕があるのだったら、今は変電所にまわすべきものでもあります」
「石崎を討つのを優先すべし、というわけか」
「はい。電力を回復させて街の人々を救えるかどうかのリミットまで、あと三か四時間でしょう。朝鮮などから来る集団の足を止められるのも、やはり三時間が限度。その他の国から暴徒が日本に押し寄せるまでの時間もまたあと三時間……」
「三時間……それまでに石崎を殺れるかどうかか……」
ひとりがそう言ったきり、言葉を失くして黙り込んでしまった。会議室の中が静まる。
作品名:敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女 作家名:島田信之