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敵中横断二九六千光年3 スタンレーの魔女

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だから今、まるきりぶっつけ本番で、この曲芸に挑むしかない! こんなことはかつて誰も――と、また考えてから、『待てよ』と島はふと思った。その昔に地球でこれと似たようなことをやった例がなかったか? 旧戦艦〈大和〉の時代に――。

そうだ、と思った。〈桜花(おうか)〉だ。これは、まるであれと同じだ。太平洋戦争で日本が造った人間爆弾。ロケット付きのグライダーに重さ1トンの爆弾を仕込み、爆撃機から投下する。それを人が操縦し、敵の船にうまく当たればおなぐさみ、というあれだ。おれは今、この〈ヤマト〉であれとほとんど同じことに挑戦してしまっている。

確か〈桜花〉は何百機も飛ばしながら敵艦に命中したのは一機だけという話だった。そりゃそうだ。そんなの、当たるわけがあるか。機体の操縦特性がどうなっていてどうすれば狙った方へ行くのか誰も知りようがないのに、とにかく人を乗せてみてこいつが〈日本男児〉であればアッパレ本懐(ほんかい)を果たすであろう、なんてバカをやったのだから――。

けれどもそんな無理が通るはずもない。〈桜花〉はまったく出来の悪い紙飛行機と同じだった。その多くが途中で勢いが付き過ぎて、敵の手前でフワリと浮いて上を飛び越してしまったり、逆にガクリと失速して届かず落ちてしまったりした。

まともに飛ぶよう作られていないものはまともに飛ばない。当たり前の理屈だった。〈桜花〉の舵は押しても引いても効きはしないシロモノで、ただ勢いを少しだけ加減するしかできなかったはずだ。

『鳥になる』と言うことを知る者ならばわかる理屈だ。〈桜花〉はニワトリ。なのに昭和の天皇は、奇跡が起きて全機が命中、敵艦隊を殲滅セリという報せが来ると信じて待っていた。だって自分は神なのだから、勝つと信じていれば勝つ。操縦士に〈大和魂〉があれば当たると――。

そう信じて靖国神社の殿(でん)に立ち、雛祭のお内裏(だいり)様のような衣(ころも)で玉串(たまぐし)振って、『神よ神風(しんぷう)吹かせたまえーっ!』と叫んでいた。ひとりひとりは小さな火だが、ふたり合わせると炎になる。若者達は自分を捨てて音速の雷撃隊に賭けたのだ。その彼らが敗けたならみんな今までなんのために生きてきたのだ。お願いだ、戦ってくれと叫んでいた。自分がここで力の限り叫んだらその願いが天に届き、日本に迫る艦隊をすべて沈めると信じていた。

しかしそんなわけがない。なのに、それと同じなのだ。今おれがこの〈ヤマト〉でやっているのは――島は思った。姿勢制御のスラスターなど噴かしたところでまるで効かない。効くわけがない。急な坂道を下っていくダンプトラックの運転手が、オイルの切れたブレーキのペダルを踏むようなもの。道に大穴が開いていて速度が足りねば落っこちるが、飛び越せればその先にある池に潜れて〈潜水車〉になれる。だが加速が付き過ぎると、さらにその先の壁に激突――。

〈ヤマト〉が今やっているのは、ほとんどそのようなことだった。わかっているが、どう舵を切ればいいのかわからぬ。いや、太田が計算した一応の線が指示器に引かれ、『このラインに沿って飛ばせ』と教えてくれているにはいる。だがそんなもの、クレーンゲームのボタンを押して景品を掴み取れと言うのと同じだ。

どうする、と思った。〈ヤマト〉の今の峡谷への進入角は、太田の計算と外れている。勢いが付き過ぎているのだ。弱めるには艦首を上げてやらねばならない。

だが、仰角を付け過ぎれば腹を打ち、第三艦橋を失うか、〈ヤマト〉の船体そのものが氷を破れずグシャグシャになる。と言って舵が足りなければ、速度が落ちずに艦首はズタズタ――。

わかっているのに、操縦桿をどれだけ引けばいいかわからぬ。〈ヤマト〉は重く、舵を切ってやったところで反応するのに時間がかかる。一度決めたら、後は船が進むのに任せるしかなくなるだろう。迷っているヒマはない。船はすでに、水が噴き出す裂け目に向けて突き進んでしまっている。

島は操縦桿を引いた。

姿勢指示器のパネルを見る。すぐに変化は現れない。まったく何も変わらぬようにさえ見えて、ただ星の地面が迫る。舵を切り足りなかったか、と恐怖の思いで考えたときに、ゆっくりと指示器の中で水平線が下がり始めた。〈ヤマト〉の舳先が上を向きだす。

進入角を示すラインが、少しずつガイドラインに近づいていく。しかしその動きは遅い。氷の割れ目はもう眼の前だ。

間に合うのか? 島は喉がふさがれて、全身の毛が逆立つ思いだった。船の勢いは落ちてくれない。にも関わらず、艦首は上を向き続ける。

ああいけないと島は思った。このままではまるでカンナをかけるように、船は第三艦橋から氷に激突してしまう。そうなったらあの〈サルマタケ〉は――。

おしまいだ。島は歯噛みした。その瞬間に、〈ヤマト〉は水を噴き出している亀裂の中に突っ込んだ。