ばか
ちょっとばかり、じゃない。いよいよ、とても、危なさそうだ。
(ザマァねえよ)
川の水が冷たくて、昂ぶった身体にはちょうど良かった。ザマァねえと言いながらも頭の中は未だ煮えたぎるような興奮とげっぷがでそうなほどの満足感でぬりたくられている。自分の血で真っ赤に染まった川の流れを見ながら、こんなのも俺らしいと頭のどこかでくそ真面目に終わりというものを見やった。
夜の中を流れる川音。静かだ。
と。
「ムゲン!ばか!目ぇ閉じちゃだめ!」
叱責に近い叫び声が新鮮に耳をつんざいた。このキンキン声、いつのまにかしおらしく閉じていた目を開けて確認するまでも無い。
「死んだと思ったんだから!あんな無茶な戦い方して!こらぁ、目ぇ開けなさいよ!」
「うっせーっての、テメ、ついてきやがって、」
「なによ!こんなに血出して、ホントにこのまま死んじゃって、あたしとの約束はどうしてくれるのよ!」
「ぁあ?ったく、約束・約束ってよ、ちょっとは俺の心配した…ら?」
懐かしい気さえする騒音に眉根を寄せるよりもなぜか頬が緩んでしまい、だからつい一緒くたに気も緩んで思わず寒気の走ることを口走ってしまった。心配してくれだなんて、ばかな。
「( こりゃいよいよってか?)」
「心配したらですって!」
「あーうっせ、忘れろ、寝言だばか」
「起きてるやつが寝言言うか!」
べちんと容赦なくはたかれた額はしかし、ハッケイを強かに受けた腹のほうが痛んで少しも疼かなかった。だから確かに額は痒くもなんともなかったが、はたいたまま額から退かない手が微かに震えていて尻のほうがむず痒いようだった。似合わねえ真似すんじゃねえっつうの。
「まったく、心配ですって…?これ以上、どう心配したらいいのよ!」
「あっ?」
「ばかムゲン、ばか、あんた喧嘩しか取り得ないのに、こんなぼろぼろになっちゃって、」
「なんだとテメこら」
「そんなどうしようもないやつでも、死んだら泣く人間がいるって、」
「…あぁ?」
そこで女はぐっと息を呑んだ。そうしなければ、こいつの目になみなみとたまった涙がぼろりとこぼれていただろう。今夜はやけに月が冴えていて、鋭い月明かりが女の目をきらりと光らせる。努力空しくついにはこぼれた涙と一緒によろりと崩れ落ちた女は、すがるように血まみれの俺の手に爪を立てた。いてえ。いてえし、べとりと赤にまみれた白い手のコントラストで目までいてえ。
「ほんと、ばか…」
吐き捨てるように何度目のばかをつぶやいて、女はようやく押し黙った。しがみついてくる手は小さくて柔っこくて、川の水に冷えた俺の手にやたら温かい。赤い唇を噛んで、息を震わせ俺をにらんでくる女。普段色気のいの字も無いようながきだけれど、真っ赤にした頬を濡らして月を背負った姿はちょっとしたものだった。
だから、こんなのもたまにゃ良いかと思った。