豆腐か蕪かはたまた雪か…
おおよそ人ではない風体をして、開けばただのなにがしとのたまう口を縁取るのは藤の紅。
女のような顔をして、女のようななりをして、
「あら、まあ」
加世はぐりぐりと円い目をなおもまんまるくした。
ついでに口もまんまるくあんぐりとしたものだから、さすがのくちなしも「どうかしたのかい」と問わずにはおれなかった。
「いいえ、まあ、いやだわ、薬売りさんたら、殿方なものだから。」
「どう逆立ちしたっておれを女に見まごうことはありますまい」
「あら、おんなのあたしよりも綺麗な顔をしてよく言うわ。」
まんまるだった口がつんととんがったので、男は男なりの困った顔をした。
曲がるとなかなかもどらないへそには、さんざ手を焼き尽くしているところである。
「加世さんと並べたら月とすっぽんですよ」
「あたしはすっぽんだっていうの?」
「まさか、」
月のように綺麗ですよと、甘いことを甘い顔に言われたら、さすがのへそも直らずにはいられない。
唇が元のふっくらした形に戻るのを見て、男はひとつ、深く息を吐いた。
「やれ、それで、なにがあらまあ殿方なんとやらなんです。」
「あら、まあ、そうだったわ」
加世の手は、黒くて、幾年の奉公にくたびれた肌をしていて、だが温かい。
自分のように、死んだ魚の腹のようになまっちろくて、遊び人のようなまっさらで、熱の死んだ手と比べたら、それこそ月とすっぽんだと、
そっと手を手に這わされたまに、能面のようなつらの奥で男はぼんやり思った。
「ほら、ねえ。」
「なにがねえです。」
「小唄の姐さんよりも綺麗なお顔をして、こんなにも手が大きいのね。
ほらほら、握られようものなら、大きくて白い薬売りさんの手が皮で、ちっちゃくて黒いあたしの手が餡で、まるでお饅頭みたいじゃない。
アアおなかすいた、お饅頭でも食べましょうよ薬売りさん。」
言うだけ言って、薬売りのうんもすんも聞かずに、手をつないだまま、加世は丁度良く道の向こうに見えた茶屋へと歩みを速めた。
はたから見ればあいぼれのふたりのような格好に、男はまた困った顔をした。
作品名:豆腐か蕪かはたまた雪か… 作家名:鹿子