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少女Aの慟哭

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わたしはいつだってうらやましかったのよ。マヤ、あなたはきっと心底わからないって顔をして、実際なにひとつ理解なんてしないのでしょうけどね。
 わたしの傍には、味方の顔をした取り巻きと悪意や嫉妬をむきだしにした敵しかいなかった。両親やばあやたち以外に信じられるのは自分だけで、友だちなんて望むべくもなくて、けれどそれでいいと思ってた。わたしは努力して自分だけの力を周囲に認めさせてさえいれば、自分の存在に自信が持てた。生まれや環境なんて関係ない、わたしがわたしだけの努力で築き上げてきたものを認められれば、それだけで。
 ねえわたし、努力は報われるって、信じているのよ。血の吐くような思いをして、ああでもないこうでもないって試行錯誤して、もっとわたしはできる、もっとこの役をつかめる、もっとうまく演じられる、そう信じて、足掻いて、努力し続ければ、できないことなんてないって。
 わたしは天才じゃないわ。わたしのぼろぼろの両手やまめができて汚れた足に、誰も気づかないだけ。でもそれさえも、わたしは女優の使命だと思っているの。女優は努力して汚れた姿なんて観客に見せてはいけない、ただその役を、その別の誰かの存在を、観客に信じさせてしまえばいいのよ。だからわたしは、努力を認めてほしいわけじゃない、その結果を認めてほしいだけなの。外側ばかりを眺めて、真実のわたしを理解されなくたってかまわない。…そう、強く信じてきたはずなのに。
 北島マヤ、あなたはわたしのすべてを揺るがす。努力は必ず報われるなんて絵空事にすぎないって、あなたを見てるとそればかりが頭をよぎって、わたしはいつも必死でその考えを追い払うの。あなた自身はどこにでもいる普通の少女で、ぱっと見ではたいした印象は残らない。いつも卑屈に微笑んで、自分をおとしめることばかりを言って、自分の才能を絶対に認めようとはしない。それどころか、上目遣いにわたしを見て、うっとりした声でわたしの名前を呼ぶ。その姿はわたし、虫唾が走るくらいに大嫌いよ。あなたに認められることはなにより嬉しいはずなのに、あなたにもらう賛辞の言葉はどれもこれもわたしの心をつめたく冷やすの。それはきっと、あなたが本当のわたしを知らないからだわ。努力する姿を見せ付けたいわけじゃない、結果だけ認めてくれればそれでいいって思っているのは本当なのに、あなたに対してだけはそう思えない。わたしのすべて、汗に塗れたわたしの姿、悔しくて泣いているわたしの姿、ぼろぼろになって髪を振り乱したわたしの姿、そのすべてを見たうえでの言葉ならば、どんなものでも喜んで受け取るわ。そうでなければどんな言葉もわたしの心を冷たくする。わたしの表面だけを見て、うっとりときれいだなんて、あなたにだけは言って欲しくないのよ。
 …いいえ、けれど一方で、わたしはあなたにはぼろぼろの姿を見られたくないのかもしれない。あなたにみじめな姿なんて見せたくない。あなたに一瞬でも憐れまれてしまったら。そんなこと想像しただけで全身の血が凍りそうよ! ああなんなのかしら、この相反するふたつの感情は。こんなこと今までなかった、マヤ、あなたに会うまでは。心底認めさせたい特別な相手だっていなかった、自分の努力を認めて欲しい、けれど見て欲しくない、そんなふうに思う相手なんていなかった!
 あなたに出会ってから、わたしは何度敗北感を味わったのかわからない。あなたはわたしの内にあるなににも気づかずに、ただうっとり微笑んで、亜弓さんきれい、と言う。あなたはわたしのなにを知っていると言うの。なにも知らない、わたしがどんな思いで、努力は必ず報われるって信じているのかなんてなにひとつ知りはしない。わたしはつらくてたまらないのよ。こんなふうにわたしに思わせるのはあなただけだわ。
 だからこそわたしは、あなたに勝ちたいのよ。あなたでも、月影先生でも、まわりの人々でもない、わたしは、わたし自身があなたに勝ったという確証を得たいのよ! そうでなければわたしの存在自体が揺らがされてしまう。これまでのわたしを否定されてしまったら、わたしこれからどうやって生きていけばいいと言うの。すべてを、それこそ今までの人生のすべてを注いできた世界に否定されてしまったら。
 ねえだから、踏み込まないでちょうだい。わたしが信じている唯一を、そんな無邪気な顔で踏みにじらないでちょうだいよ。あなた自身がどれだけ天才かなんてわからないけれど、わたしはこの唯一を守り抜くために戦うわ。あなたの賛辞なんて要らない、誰の言葉も要らない、ただわたしは、わたし自身の存在のために、戦うのよ。

作品名:少女Aの慟哭 作家名:ことは