二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【5/2 スパコミ新刊サンプル】Catch the wing

INDEX|1ページ/1ページ|

 
  1


「また空見てる」
 子供の頃、よくそうやってからかわれた。そんなに空ばかり見てたら、いつか空の中に溶けちゃうんだとか。そうしたら、それを聞いた少女の一人が、「グラハム消えちゃうの」と言って泣いた。
 グラハムからしてみれば、あの大気に溶けて空と一緒になれるのならば、それは望むところであったので、少女が泣く理由がわからなかった。大丈夫よ、大丈夫よ、と別の少女が慰めるのを、他人ごとのように見ていた。
 それでも、いくら空を眺めていたところで、空になれるわけではないと悟ってからは、ならばどうしたら、あの空を手に入れられるかと考えるようになった。あの空を、自分のものにしたい。
 空は、幼いグラハムにとって他を追随させないほどダントツで第一位に位置するものだった。
 そうして空を眺めていると鳥が飛んでいくのを目にする。自由に羽ばたく鳥。あの羽根を、翼を手に入れたならば、自分もどこまでもどこまでも飛んで行けるのだろうかと、考えた。翼を。高く高く飛べる翼を、欲した。
 空を見上げる癖。それは大人になってからもなくなることはなかった。特にあまりに見事な快晴の日などには、無意識に空を見上げてしまう。それはMSという鋼鉄の翼を手に入れてなお。
 その日も、休みの日に自宅のベランダに出たら、あまりの見事な青に、思わず目を細めながら、手をかざして天を仰いだ。
 真っ青な空に、一筋の白い飛行機雲。
 軍人になった理由を問われて答えると、ならば念願のMSパイロットになって、夢は叶ったんだねと言われる。確かにグラハムは空を飛ぶ手段を得た。欲していた翼を得た。それは確かに真実である。
 君は空を飛ぶ術を得たのに、まだ片想いの相手に焦がれるような瞳で空を見るんだね、と少しからかうような口調で言ったのは、軍の技術顧問にして友人のカタギリだったか。
 そうだな、とグラハムは笑った。確かにグラハムは空に近付いた。けれどまだ、だ。空を本当に手に入れられたとは到底思っていない。グラハムは貪欲なまでに空を欲した。もっと、高く、もっと近く、あの空のすべてを――飽くなきまでの空への想い。そしてグラハムは今日も空を見つめる。
 何か、白いものが目の前にひらひらと舞い降りてきた時、グラハムは一瞬雪かと目を疑った。今は、そんな季節ではないはずだ。ならば何かと差し出した手のひらの上に、それはちょうど収まった。
「羽根――?」
 真っ白な羽根。羽根ペンを思い出すような、少し大ぶりの羽根だった。鳥でも飛んでいるのかと上を見上げた、その時。
「うわあああっ」
「――何っ?」
 ドサっという音と、悲鳴のような声と共に、何かが上から落ちてきた。グラハムのちょうど目の前に。これにはさすがのグラハムも、二、三歩後ずさった。
「痛っ……」
 落下物が動いた。声はそこから発されている。それは、基本的にはヒトの形をしていた。ただ一カ所を除いては。
 したたかに打ちつけたらしい腰と背中をさすりながら、それが身を起こす。
「君は――」
 グラハムは振り絞るように声を出した。相手がそこでようやくグラハムの存在に気付いたように視線を向けてきた。二つの瞳がグラハムを映す。
「あ……」
 ヤベ、と小さな声で呟くのが聞こえた。それから、取り繕ったように笑顔を浮かべた。
「こんにちは。お邪魔、してます」
 低めの、耳に心地よい声。栗色の髪。ターコイズ・ブルーの瞳。成人男性と思われる体格。清潔感のある、なかなか好印象の人物だ、と思う。現れ方と、そしてその背後にあるものを除けば。
「君は、何者だ」
「あー……」
 ぽりぽりと気まり悪そうに青年が頭を掻いた。どうしたものかという逡巡が見える。我慢弱いグラハムは、返事を聞く前に自分から改めて訊ねた。
「君は、所謂天使というものか?」
 彼の背中には、大きな二枚の翼がついていた。真っ白な翼。恐らく、先にグラハムが拾ったのは彼の羽根の一部だろう。
「そう、呼ぶ奴らもいる、な……」
「ならばその羽根は本物か」
「残念なことに、偽物じゃあねえよ」
 ああ、見られるなんて大失態だ、と青年は天を仰いだ。
「それで、その本物の羽根を持つ天使様が、何故こんなところに? ――見間違いでなければ、落ちてきたように見えたのだが」
「その『天使様』ってのはやめてくれねえか」
 彼は気まり悪そうに頭を掻いた。確かに彼は、表情が豊かで口調も畏まったところもなく、こうしていると普通の人間と変わりないように思える。
「――ちょっとした散策のつもりだったんだけどな」
 そうして、自分の羽根を引き寄せる。その白い翼には、ところどころ解れたような跡があった。まるで何かにひっかけたか、あるいはむしられたかのような。
「ちょっとした失敗で、傷付けちまってさ。それでも何とか帰れるかなあと思って飛んで見たんだけど、ちょうどこの上で、バランスを崩した」
 情けねえったらありゃしねえ。大したことではないような、明るい口調でそう言ってのける。そのくったくのない表情も、身に着けている衣服も、よく宗教画などで描かれる天使とはまるで違っていて。どこか親近感を覚える。
「帰るとは、どこに?」
「んーと、この、上?」
 彼は人差し指を上へと突き立てた。その先には、空がある。
「君は空の上に住んでいるのか?」
「あー、厳密に言うとちょっと時空が違うっていうか、でもまあ、方向としてはそんなとこ」
「なんと」
 グラハムは目の前の青年(というのが正しいのか分からないが)に俄然興味がわいた。二つの翼で空を自由に、そしてグラハムよりもずっと高く高く飛んでいく、その姿を想像する。