【サンプル】おにぎりと デキる女に 塩少々
腹が減ってはなんとやらって那智が言ってた。私、足柄もそのとおりだと思う。もしかしたら言ってなかったかもしれないけど、まあ、細かいことはいいのよ。重要なのは今、私は小腹が空いているということ。これでは那智の言うとおり戦はできないわ。
だから夜中に同室の羽黒を起こさないようにこっそり部屋を抜け出して、誰にも見つからないように鎮守府の厨房へと向かい、食料をいただこうというのも仕方ない話なのよ。これも勝利のためなの。
自室から厨房までは誰にも見つからなかったが、さて、厨房の中は……よし、ここにも誰もいないわね。今がチャンス!
鎮守府の厨房はシンプルな造りだ。入口から見て中央に作業台、シンクやコンロなどが壁沿いにずらりと設置されている。オープンキッチン形式となっていて、右側には食堂が見える。右奥には食堂に繋がる通路がある。
炊飯器は確か一番奥、通路のあたりにあるはず……お、あったあった。
私は足音を立てずに素早く厨房に入り込み、炊飯器の前に立った。炊飯器は保温中であることを示すランプが点灯している。思わず顔が緩んでしまう。本来は夜間に出撃する艦娘のためのご飯だけど、私だって夜間に自室から出撃しているんだから食べる権利はあるわよね。
でも流石に白米だけではきついわね。何かおかずになるような物も探さないと……と思ったそのとき。
――気配!
誰かが厨房の外からこちらに向かってきている!
私は素早く通路を通って食道側へ隠れた。
きっと見回りね……私は通路から少しだけ顔を出して厨房の入口を見張った。
気配は少しずつ厨房へと近づいて、ついに入口にその姿を現した。
「……清霜?」
意外な人物が現れたから思わず口に出してつぶやいてしまった。清霜は夜間の見回り担当ではないはずだし、夜中に盗み食いをするような性格でもないはずだけど、いったいどうして?
清霜はキョロキョロとあたりを見回した。何かを探しているみたいだけど……あ、見つけたって顔した。炊飯器の方へと近づいていく。
まあ、そうよね。厨房に来たってことはご飯が目的でしょうね。
私は食堂側へとさらに身を潜めつつ清霜の様子を観察を続ける。
炊飯器の前に立った清霜はしゃもじを手に取り、炊飯器のふたを開けた。中から蒸気が立ち上る。
まだ炊き終わってからさほど時間は経っていないようね。ほかほかのご飯……私も早く食べたいわ。
清霜はそこにしゃもじを突き刺してご飯をすくい取り、何を思ったのか、それをもう片方の手に移した。
「アチチチチ!」
そりゃあ素手でご飯を持ったら熱いに決まってる。あの子、何を考えているのかしら?
「誰かいるんですか?」
厨房の外からもう一人。やば、大淀だわ。見回りに来たのね。
「アチチ、あ、大淀さん、アチチ」
「清霜さん、何をやっているのですか?」
「あの、アチ、あのね」
「とりあえずご飯を置いて」
「うん、そうする」
清霜はつかんだご飯を無造作に炊飯器の横に置いた。ああ、もったいない。
「はぁ、熱かった」
「それはそうでしょう。ご飯を手づかみなんて。ほら、手も洗ってください」
「はーい」
清霜は手に付いたご飯粒を流しで綺麗に洗い流す。その横で大淀がするどい目つきで清霜をにらんだ。
「それでいったいどうしてそんなことをしたのですか? それにもう消灯時間はとっくに過ぎていますよ」
大淀はメガネもクイッと上げた。
「あのね、違うの。私がご飯を欲しいんじゃなくて、霞ちゃんが欲しいんじゃないかなって」
「霞さんが?」
「うん。霞ちゃん、今日は秘書艦なんだけど、私が秘書艦をやったときに差し入れでおにぎりをくれたから、今度は私が霞ちゃんにおにぎりを差し入れしたいの」
なるほど、そういうことだったのね。霞も清霜もいいところあるじゃない。
「でも私、料理なんて全然したことなくて……大淀さん、私におにぎりの作り方を教えてください! お願いします!」
作品名:【サンプル】おにぎりと デキる女に 塩少々 作家名:ヘコヘコ