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美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ)【最終章】

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  ◇◆◇




 陽はさらに角度を変え、辺りを照らす日差しは昼のものから夕刻に向かって徐々に色を変えつつあった。辺りは相変わらず静けさに包まれている。庭で風に揺れる草木の音と、時折遠くで微かに啼く鳥の声が聞こえて来るだけだ。
 二人は寺の奥の濡縁に並んで座っていた。
 赤司はあれきり押し黙ったままで、隣に座る彼女もそんな赤司に口を開こうとはしない。その姿はどこか、赤司と並んで座っているその時間と空間をじっと噛みしめているようにも見えた。
「─── 少しは落ち着いて?」
 しばらく経った後、先に口を開いたのは彼女の方だった。気遣うようにそっと呟かれた声を耳が捉えると、赤司はそれまで中庭の苔に覆われた地面に落としていた視線を僅かに上げ、口元に微かな笑みを浮かべる。
「ええ、申し訳ありません。やはり少し取り乱してしまいました。突然こんな話をされて、さぞお聞き苦しかったでしょう。」
 少し掠れた声でそう呟くと赤司は俯いた。そのややはにかんだ表情が隣に座る彼女の目には何とも幼げに映る。これまでの彼の大人びた表情との違いに、思わず彼女の口元が綻んだ。
「いいえ、そんな事は・・・。自分の胸の内を人に曝け出すというのは、とても勇気の要る事です。それも長い間ずっと、誰にも言えずにいたことなら尚更。どうか恥ずかしいなどと思わないで、ご自分の勇気を褒めて差し上げてね。あなたは自分で自分を褒める事にはまだまだ不慣れなようですけれど、自分を褒めてあげるのって案外大事な事よ。」
 悪戯っぽくそう言って笑う彼女に赤司はふっと表情を和らげ目を伏せた。ああ、この人はどうしてこんなにも優しくて温かなのだろう。まるでずっと自分を見て来たかのようにこちらの気持ちを汲んでくれる。その事がひどく心地良く、赤司は母といる頃に戻ったかのような感覚になった。誰かが見ていてくれるという感覚はこんなにも温かく感じるものだったか。
「お蔭でとても心が穏やかになりました。話を聞いて下さって本当にありがとうございます。」
 心からの感謝の言葉だった。これまで誰にも話した事のなかった胸の内だったが、今日こうして話していなければ自分の悩みはまだ続いていただろう。彼女の言葉が自分を暗い水底から引き上げ、光の差す水面へ導いてくれた。赤司は改めて彼女に、そして彼女との縁に感謝した。
「私の方こそあなたにお礼を申し上げたいわ。息子に出来なかった事を今日こうしてさせて頂けて、とても感慨深いの。」
 その言葉に赤司は思わず彼女を見上げた。彼の視線を受け、彼女は少し寂しそうに笑うと中庭に目をやる。俯いた拍子に落ちた髪を白い指先が掬い、耳に掛けた。
「あの頃の彼はまだ幼くて・・・。あんなに早く別れの時が来るとは思っていませんでしたから、母親として伝えきれなかった想いが随分と私の中に残っていました。してあげたかった事もまだまだ沢山・・・。でも思いがけず今日、あなたとこうしてお話しが出来て胸のつかえが取れました。それに、あなたが出逢ったばかりの私を信じて頼って下さった事が何よりも嬉しかったわ。お話しして下さってありがとう。」
 彼女の言葉が胸に迫る。頼ったのは自分の方なのに、逆に礼を言われてしまった。だがそこで赤司は今朝実渕から言われた言葉を思い出す。
『たまには征ちゃんも私達を頼りにして?』
 人に頼られると言う事は、喜ばしい事か。
 ふと自分はどうだろうと思い返す。中学時代の自分が思い出された。自分の知識や経験が誰かの役に立つのは確かに嬉しかった。自分の中にその嬉しいという感覚が蘇った事に少しの戸惑いと、それ以上の喜びを感じる。思えば自分がバスケットを始めたのも、初めは母の喜ぶ顔が見たかったからだった。それが次第に自らバスケットにのめり込むようになり今の自分がある訳だから、やはり母には感謝してもしきれない。自分の好きな事をしている姿が母を喜ばせる。自分も相手も共に喜び合える。それが何よりも嬉しかった。
 わずかに躊躇った後、赤司は思い切って口を開いた。
「───甘えついでに、少々不躾な事をお尋ねしてもよろしいでしょうか。」
「まぁ、何かしら。私にお答え出来る事だといいけれど。」
 振り向き、小首を傾げて笑う彼女に赤司はひたりと真正面から視線を合わせ尋ねる。
「御家族との・・・特にご子息との別れをあなたはどのように受け止めていらっしゃいますか?」
 我ながら酷いことを尋ねていると赤司は思う。彼女の心の傷に直接触れる様なものだ。案の定、一瞬彼女の中の時が止まったかのようだった。僅かに息をつめた気配が赤司にも伝わる。だが敢えて赤司は言葉を続けた。
「僕は以前、人はこの世に生を受ける前に自らの課題とそれに相応しい環境を選んで生まれて来るのだと聞きました。それが本当なのだとしたら、母を早くに亡くすという事も僕の魂があらかじめ決めていたことになります。ですがそれをどう受け止めればいいのか、今の僕にはまだよく理解出来ません。あなたが御家族との別れをどう受け止め、どう向き合って来たのか、お聞かせ頂けたら、と・・・。」
 しみじみと、内から湧き上がって来る感情を滲ませるように彼女は赤司を見る。彼女は少しの間、無言だった。そして彼女の中の時が再び流れ始めたように口を開いた。
「約束したのだ、と。そう自分に言い聞かせました。」
「・・・『約束』?」
 赤司が不思議そうに呟くと、彼女は頷いた。
「自分の身の回りで起こる事は全て自分の魂の学びに必要な事だそうです。この世に生まれ、身体という実体を得て体験し、そこで気付いた事が初めて自分の学びになる。だから人は様々な事を体験する為に輪廻を重ねて生まれて来るのだとか。私と息子の別れは私の魂の学びに必要だったから。血を分けた子と死に別れるという事がどういうものなのか、それを身を持って学ぶ為です。そしてそれは同時に息子の学びでもあった。彼は幼くして母親と別れる事を今世で体験すると決めていたのでしょう。辛い思いをする事になってもそれに耐えられる強さを持った相手をお互いに選び、そして親子として生まれて来る事を約束した・・・」
 彼女はそこで再び赤司を見つめ、そして出会った時と同じ様に鈴のような声をたてて笑った。
「息子と約束したのですもの、いつまでも悲しみに暮れている訳にはいかないでしょう?あの子に負けないように私も前に進まなくてはね。」
 彼女のその笑顔が赤司の目に神々しく映った。夏の光に透ける笑い顔。思わずその眩しさに目を細めそうになりながら、赤司は胸の内で呟く。
 そうか、魂同志の約束か・・・。
「なるほど──いいお話しを伺いました。そう解釈すれば、僕も母の死を違った向きから受け止められそうです。」
 赤司のその言葉を聞くと、彼女は嬉しそうに目を細め頷いた。そしてふと思いついたように呟く。
「ところであなた、どなたかお付き合いしている方はいらっしゃるの?高校二年生なら、そういう方がいてもおかしくないお年頃でしょう?」
 突然の質問に赤司は驚き、思わずぎょっとする。だが彼女の方は興味津々といった様子で目を輝かせている。楽しくてしょうがないといった様子だ。