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インプリンティングの成功例

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「おにいさん、ここはどこですか?」

大きくてやや釣りあがった意思の強そうな目は、幼くても今の彼女と変わってはいない。
小さな小さな、まだ子供の三浦ハルは、20代半ばである大人の僕をきょとんと見上げることしかできないでいる。子供の扱い方などわからない。はるか高みから見下ろす僕のスーツの裾を掴んで、ハルは瞳を潤ませた。

「ハル、バレエのおけいこにいくとちゅうだったんです」

その証拠に彼女の髪はしっかりとお団子ヘアにセットされている。そういえば、新体操を始める前にバレエを習っていたと聞いたことがあるような気がする。けれど、今はそんなことどうだっていい。

「ここは僕の家だよ」
「はひ、そうなんですか。とつぜんおじゃましてしまい、しつれいしました」

たどたどしいけれど礼儀正しくお辞儀をして、ハルはくるりとこちらに背中を向ける。お邪魔するも何も、強制的に連れてこられたのは彼女の方だった。本人はよくわかっていないみたいだけど。

「ねえ、どこ行くの」

そのまま部屋を出て行こうとする彼女に声を投げ掛けると、反射的にハルは振り返る。その顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「はひい、ど、どうしましょう~…かえりみちが、わかりません…」

子供の頃から変わらなさ過ぎるハルに、僕は溜息で返した。でも大人ではないのだから、いつもよりも優しくしてやらなければならない。責任ある大人らしい振る舞いとして、僕は小さな彼女を抱え上げた。涙で濡れた頬をてのひらで拭ってやると、ほう、とハルは息をつく。

「大丈夫だよ。もうすぐ帰れるから」
「はひ…」

ぐずっているハルは僕の首にすがりついてくる。容赦なく首を締め付けられて、うんざりとした。
小さな動物は嫌いじゃないけど、子供っていうのは面倒くさい。けれど厄介なことに、僕はハルの涙にはとても弱かった。
だからたくさん優しくしてあげよう。小さなきみには特別に。

「おにいさん、けっこんしてるんですか?」

ぷにぷにとしたほっぺたを撫でる僕の左手を見て、ハルが首を傾げる。目聡くも薬指におさまっているシルバーのリングを確認したようだった。

「そうだよ」
「すてきです!ハルのしょうらいのゆめは、すてきなだんなさまのおよめさんになることなんです!」

さっきまで泣いていたくせに、力いっぱい笑みをたたえているハル。くるくると変わる表情は本当に僕を飽きさせない。

童話のお姫さまさながらに僕は女の子の小さな手をとると、薬指にうやうやしく口接けた。

「叶うかもね、それ」


* * *


反抗的に背中を向けて、部屋の隅で体育座りをしている彼女は僕と歳のそう変わらない三浦ハルで。けれど変わったのは身体だけで、まったく心は成長してないんじゃないかと問いたくなる。

「ひどいです、ズルいです、反則です…」
「過去に遡れるバズーカはまだ試作段階だったけど、成功だったようだね」
「それをハルに試したこともそうですけど、他にも言いたいことがあるんです!」

ようやく僕のもとまでやってきて、ハルはソファに座ることもせず前に立ち塞がる。仕方なく目線を上げてやれば、大きな瞳はすでに潤んでいる。いとも簡単にすぐ決壊してしまう涙腺はどうにかした方がいいんじゃないかと思う。それが僕の前だけならばいいとして。

「ハルだけ昔の雲雀さんに会えなかったなんて、不公平です」
「仕方ないよ。昔の僕ときみは知り合ってないんだから」
「それに、それに…」

「ハルの初恋のひとが、雲雀さんだったなんて!」


それって喜ぶべきことなんじゃないの?

複雑な女心なんてものを到底理解できるはずもなく、僕はさっきと同じように柔らかいハルの頬を撫でてやる。すると細く白い彼女のてのひらが僕のそれに重ねられて、薬指にあるペアリングがきらりと光った。


END


■“インプリンティング”:心理学用語で、「すり込み」を意味する言葉。