お芋介護
四十年とちょっと年月を離れていた相手との希望に満ちた同居生活と信じていた。
しかし現実は無常にも東の消失により、日に日に衰えていく体。
国民から少しずつ認識されなくなってゆくその存在。
今ではベッドから起き上がるのがやっとという状態にまでなっている。
「“俺”自身がもうすぐ消えちまうなって。なんとなくわかるんだ感覚として。」
「しっかりしてくれ、兄さん。俺はあなたと共にある未来を信じてこれまでやってきたんだから。」
一緒に暮らし始めて待っていたのは、兄、ギルベルトの介護。
口を開けば、二言目には弱気なことばかりを言うようになったのはいつごろだったか。
いつ終わりがくるのかわからない、不安ばかりが募る日々。
終わりとは兄の消失なのか、それとも回復してまた昔のように元気な姿で自分と共にあるのか。良くなることを信じて心の支えにするしかない。
ベット横のコンソールの上にあるトレーには食が細くなったギルベルトのために作ったパン粥。温かみのある白木でできた食器を手に取る。陶器や金属製のものよりゆっくり熱が伝わる。スプーンでくるくるとかき混ぜすくう。
「国として終わりを迎えたんだ。これ以上お前にみっともない姿をさらしたくない。
引き止めないでくれ。」
「兄さんのいない世界だなんて、俺には意味がない。」
「なぁ、ヴェスト……」
「ほら、食べて。」
弱々しく最後のことばかり言う姿に血の気が引く思いをしながら、
すくったパン粥をギルベルトの口へと滑り込ませる。
「熱くないか?」
「ん」
咀嚼もそこそこに、ゆっくりと飲み込む。何度かその行動を繰り返す。
飲み込むのもつらそうにするその姿を見つめる。
パン粥が半分ほど減ったところで、もういいと首を横に振る。
トレーへ器を置き隣においてあった錠剤と楽飲みを手に取る。
「そんな、気休め必要ない。」
「今は国の枠組みの変化が身体に影響しているだけだ、気休めにしかならなくても薬をのんでくれ。」
ふいっと顔を背けて薬を飲まない意思を示した事に、むっときたルートヴィッヒは錠剤をギルベルトの口に強引に押し込み、楽飲みを口元へそえる。
いきなり口の中に錠剤を押し込まれたことに驚いたが、口元に楽飲みを差し出されては飲み込むしかない。飲み口からこくこくと水を飲み、錠剤も一緒に飲み込む。
「ヴェスト、おまえなぁ…」
無理やり薬を飲ませたことに対して非難しようと顔を上げると、
ふわっと笑う顔と目が合った。
「抗議する元気があるなら絶対によくなる。元気になったら、また昔のように一緒に散歩でもしよう。約束だ、兄さん。」
ルートヴィッヒはトレーを両手でつかみ片付けてくると言い残し、部屋をあとにした。