乗り物酔い
「搭乗員は衝撃に備えろ!」
彼は盾を構え、通信機に向かって怒鳴る。
了解した、とでもいうように操縦席背面の装甲が叩かれた瞬間、被弾の衝撃に白虎が大きく揺さぶられる。
その弾みでヴァイは額を計器へとぶつけ、敵機に対する呪いの言葉を吐いた。
「栗林、無事か!?」
『な、なんとかっ』
動揺を含みながらもしっかりとした搭乗員からの返答を聞いたヴァイは、砲撃の体勢をとる。
そして、
「えぇい、くそ! さっさとあがれ!」
モニターの脇の計器に毒づいた。彼の声に応えるかの如く健気に上昇を続けるメモリの先、敵AFWが再び砲撃体勢をとるのが見えた。
「硬性徹甲弾、装填」
AFWの背にいる栗林へと指示を出す。そして、装填完了の意を持って装甲が叩かれたと同時に、ヴァイは引き金を引いた。
反動と発砲炎とともに特殊弾が打ち出される。
轟音の後、敵AFWが火を噴くのと人体が爆風に吹き飛ばされる光景をモニター越しに確認した。
つかの間に静寂が戦場に訪れる。
ひしゃげて燻る無残な装甲に『明日は我が身』といった言葉が浮かぶ。
暗然とした己の未来と部隊の未来に、ヴァイは頭を振って大きく息を吐いた。
「こちらの損害は?」
通信機に訊ねるが、栗林からの返事はない。
「栗林?」
飛び散った破片で怪我でもしたのかと、ヴァイは危ぶむ。
「おい、大丈夫か?」
重ねて訊ねれば、
『す、すみ……っ』
途切れた言葉と慌しく白虎を降りてゆく音。AFWのモニターから伺っていると、栗林は道端に蹲っている。
ヴァイも白虎から降り、彼に駆け寄った。そして、彼は嘔吐している栗林の背中をさする。
「じ、じめんが……まだ揺れぅ……酔っ……」
しかし、最後までは言葉にならず、彼は呻いた。
あぁ、これはもしかして。
もしかしなくとも、これは立派な乗り物酔いだ。
そんな彼らに地上から白虎を援護していた随伴兵たちが小走りに近づいてきた。
「あー、お前、やっぱりAFWに酔ったろ?」
言いながら、工兵の岩井は栗林に水筒を差し出す。
「だから、今別府から酔い止めもらっとけって言っただろうが。それを『大丈夫大丈夫』だなんて笑ってるから、こういうことになるんだよ」
「今更、酔い止めを飲んでも手遅れですよね」
衛生兵の今別府は笑いつつ、雑嚢を探っている。
「私としては多脚が一番揺れないと思いますが、どうでしょう?」
「同感だ。こいつ、今度からそっちに配置したほうがいいと思いますよ、隊長」
全く……貴重な特殊弾持ちが乗り物酔いしやすい体質ってのは……どうしたものか。
こうして、ヴァイの頭痛の種が、また一つ増えたのである。
(20080925)