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DIAMOND DUST

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ジョウトのチャンピオンに倒され、グリーンバッジを渡した。
 チャンピオンといってもまだまだ子供で、それはどことなく――あいつに似ている気がした。

 そして、そんな日の夜。
 あいつが、夢に出た。



「…っはあ」
慌てて起き上がると、全身汗だくになっていた。
 一体なんだったんだ、今のは。
 記憶はここから程近い故郷、マサラタウンから始まる。

 そうだ、じいさんはあいつ――レッドばかり可愛がっていた。

 俺のこともあいつのことも、孫のように可愛がっていた。
 そしてある日、俺とあいつのスタートともなったあの日、じいさんは俺たち二人に一匹ずつポケモンを預けた。
 レッドはピカチュウ、俺にはイーブイを。

「………」
嫌な予感が――それ以外に言いようの無いものを感じた。
 時計を確認すると、午前5時。
 俺はコートを羽織ると、最低限の荷物をバッグに詰めた。



 キラキラとした光に包まれたその場所に、そいつはいた。
 まるで眠っているかのように、ぼうっと、座って目を閉じている。
 俺は思わず焦って駆け寄った。

「………」
「…おい、レッド!」
「……あ」
レッドはふっと顔を上げて俺を見上げる。同時に、膝の上に寛いでいたピカチュウもこちらを見上げた。

 シロガネ山山頂。レッドはもうずっとここで、強いトレーナーを待ち続けている。
 理由を聞いても、答える前に勝負になった。そして、いつも負ける。

「やあ」
表情一つ変えずにしてきた挨拶。
「やあ、じゃねえ!紛らわしいことすんなよ!」
 俺はレッドの隣にしゃがみ込んだ。
「良く来たね」
俺の言葉に答えずに、俺のほうに視線もくれずに呟いた。レッドは俺がここに来るといつもそう言う。ロッククライムを覚えたポケモンがいないことを理由に、初めてここを訪れた時はこの言葉と共にレッドの表情が僅かに変わったのを覚えている。ピジョットやカイリキーに無理やり運ばせたことがバレた瞬間、嘲笑されてその場で倒された。だから、この「よく来たね」は、俺ではなく俺のポケモンに対するもの。それがわかっているからこそ、それに関してはもう触れないことにする。きっとレッドは、わかっているから。
「本当にいつまでも飽きないねえ、こんな寒いところにさあ」
「別に、大した寒さじゃないよ」
指無しのグローブをキュッキュと下ろしながら呟くと、胸元に抱いたピカチュウを撫でる。本当に、口の減らない奴。俺のことか。言葉を返そうとすると、先にレッドが口を開いた。
「…今日は天気もいいしね」
「はあ?…あ」
反射的に返すも、その言葉の意味に気付くと思わず間抜けな声が出た。
 俺がいつもここに来る時は大抵吹雪いていて、少し先は見えないほどなのに、今日は晴れていた。
 キラキラと空中で光る氷は、頬に触れて溶ける。

「ダイヤモンドダスト」
そう呟くレッドの膝で、ピカチュウが小さく啼いた。
 日の光を反射して光る結晶は、シロガネ山の山頂を彩る。
 美しかった。見たことが無いわけではないが、ここで見るのは初めてで。
 レッドの赤いベストが、少しだけ霞んで見えた。

「…近いうちに、ここにトレーナーが現れると思う」
俺の言葉を、レッドは表情を変えることなく聞いていた。
 俺を倒した、ジョウトのチャンピオン――あいつは、強い。
 まさかレッドが倒されるだなんて思わない、思えない。思いたくない。
 だってこいつを倒すのは俺が先のはずで、いつか絶対倒すと決めた。
 ただでさえ根無し草のように放浪するこいつと、唯一戦える決まった場所――そこが、このシロガネ山だった。

「お前、もしここで倒されたらどうすんの?」
「………」
レッドはその言葉に幾度か瞬くと、首を捻って考える仕草をした。
 ピカチュウが、心なしか不安げにレッドに寄り添っている。
 少しの間の後、レッドが出した結論はなんともあっけないものだった。

「…さあ」
「ふざけてるのか?」
「トキワジムにお世話になろうかな」
「あいつらじゃお前の相手になんねぇよ」
「いいよ、グリーンが相手してくれるんだろ」
レッドを見返すと、少しだけ口角を上げて笑っていた。

「…本当に、そうなれたらいいのに」
「は…っ」
思わず聞き返すと、風が強く吹き上げた。思わず目を伏せる。
 一瞬だけ見えた表情は、再び目を開ける頃には元に戻っていた。
 静かであるのに、好戦的な瞳。

「…で、今日はバトルするの?」
「しない。…あらかた、家に置いてきた」
俺はそう言うと立ち上がって、モンスターボールからピジョットを繰り出す。周囲も明るくなってきたし、この分ならピジョットに乗れば帰れるだろう。
「へえ、珍しいんだね」
「今日はそれが目的じゃなかったからな」
そう言うと、ピジョットは翼をはばたかせる。

「…まあ、今はどう頑張っても負けちゃうしね」
「…良いんだぜ、別にピジョットとカイリキーとウインディで倒してやっても」
「やめとく、ピジョットが可哀想だから」
ね、ピカチュウ、と膝の上のピカチュウとアイコンタクトをとる。
 悔しい。悔しいけど、今はまだ勝てない。

「…じゃ、気を付けて」
俺は短く返事を返すと、ピジョットに持ち上げられる形でトキワシティへと帰っていった。


 数日後、再びその場所を訪れると――そこにはもう、レッドの姿は無かった。








fin
作品名:DIAMOND DUST 作家名:さくら藍