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少女Rの嘆息

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マヤ、わたしはまだすべてを諦めたわけじゃないよ。芝居は好きだし、まだ自分はうまくなれるって信じているし、それを確信してもいる。一生芝居をやって生きていけたら良いと思ってる。
 だけどそれは、もうあんたがいる世界とはまったく別物なんだ。地続きなんて信じられないくらいに。ねえマヤ、私がいつか辿り着き、その先に行けないことに絶望する場所から、あんたの姿は見えるかな。どんなに遠くても、どんなに小さくても、あんたの後ろ姿を見ることは叶うだろうか? わたしはそれが不安で仕方ないんだ。どれだけ必死で頑張っても追い付けやしないことはもうずいぶん前に思い知らされたよ。あのときわたしは、どうしようもない羨望と絶望に打ちのめされた。目の前のちっぽけなおちびちゃんが天才だなんて信じられなかった、信じたくなかった。でも同時に感じてもいたんだ、わたしがこの子と同じ場所に立つことは生涯ないんだって。苦しくてしかたなかったけど、受け入れるしかなかった。あんたはそれほどの才能を持っているんだよ、マヤ。きっとあんたはそんなことないって戸惑うだろうけど。
 それからわたしは、なにも考えないように努めるようになったよ。そうでなければ、あんたとなんか暮らしていけなかったんだ。諦めなければ、生きていけなかった。そうして、なにも感じないと思い込まなければ。
 けれどあんたという天才の近くにいられることは、きっと幸福でもあるんだろう。いつもあんたは役を掴むために突拍子もないことばかりして、驚かされてばかりだけど、必死にあがいて役を掴み取る姿に、どうしてかいつだって目を奪われる。比類ない才能を目の前にしたら、人って動けなくなるんだよ、マヤ。知らなかっただろ? ――ああ、そうだね、あんたにも、たったひとり目を奪われる役者がいたね。
 あのひとは唯一、あんたと同じ場所に立てるかもしれないひとで、あんたからいつも羨望に満ちたまなざしを向けられている。羨ましい気持ちもないわけじゃない、けどどうしてだろうね、それよりもわたしはあのひとが憐れでならないんだ。あんたはあのひとのことをなにひとつわかっちゃいないだろう、ただ煌びやかなあのひとの演じる姿に心酔し、その磨き上げられた才能を畏怖しているだけだ。その裏にある葛藤や苦悩になんか見向きもしないで。自分の才能を少しだって認めもしないで。ああ、あのひとは一体どれだけ歯痒いだろう? 北島マヤの一番の犠牲者は、きっとあのひとだ。
 あんたとあのひとは、出会ったときからずっと、互いを追い掛けて同じ円をぐるぐると走り続けている。きっとふたりとも気づいていないだろうけど。永遠に終わらないはずの追いかけっこも、けれどいつかは決着を迎えるだろう。そのときその場所に立っていられるのは、あんたか、それともあのひとか。わたしにはもう、それがわかるような気がする。そしてそのときさえもきっと、あんたは今と変わらず、なにも知らない顔をして、彼女を地獄に叩き落すだろう。それを思うと、最後まで見届けるのが少しつらい。けれど幸か不幸か出会ってしまった以上は、結論は出されなければならないから、わたしは思い知らされるしかないんだろうね。その場所に立てないことは苦しくもあるし、同時に心から良かったとも思えるよ。北島マヤの相手なんて、わたしには荷が重すぎるから。

作品名:少女Rの嘆息 作家名:ことは