ダカーポ2 snowy tale
第3話
杏に話があると言って、花より団子に誘ってから10分程度。これから俺は、杏に少しだけ嘘を吐く。そのカンペを読みながら、何度も深呼吸を繰り返していた。
「ほらほら、桜内くん? 男ならもっとシャキッとしなさいよ」
「あ、先輩。それはそうなんですけどね」
俺のバイト先は花より団子に決まった。この先輩が俺を推薦してくれたお陰で、簡単な面接だけで合格することができたのだ。まだ少ししか見ていないけど、仕事振りがカッコよくて渉が絶賛するのもわかる気がする、頭の上がらない先輩なんだよな。
「それにしても、わざわざバイトの許可を取らなくちゃいけない彼女さんって……ひょっとして尻に敷かれているの?」
「はは、そんな訳ないじゃないですか。今は彼女にとって大事な時期なんです。でも、俺にとっても大切なことにお金がかかるから、話し合いたいな、と」
「それでバイト先を話し合いの会場に選ぶのもどうかと思うんだけどね」
ごもっともな話だけど、何も知らない杏がここを指定したんだよな。たまには甘いものを食べたいとか言って。電話で話しても良かったけど、こういうことはきちんと言わないとな。
それから約2時間待つ。もう何杯目になるかわからない緑茶をおかわりし、杏の到着を待つ。事故に遭ったんじゃないかと心配していた矢先、最愛の人の顔が見えて体の力が一気に抜けた。
「ごめん……待ったわよね」
「いや、ちょっと寝ちゃっていたから気にしなくていいよ。ほとんど待っていないようなものだし」
「それでも……本当にごめんなさい。大切な話をしてくれるって聞いていたのに」
「気にしなくていいって。俺は杏の元気な顔を見られればそれで満足だからさ」
「義之……そうやってはぐらかすんだから」
また忘れてしまったのだろう。それでも手帳に書いてくれていたから、走ってやって来てくれた。それだけで俺は十分だ。
「まずは何を食べる? 甘いものでリラックスしてから話したいんだけど」
「そうね……抹茶パフェにしようかしら」
「随分とヘビーなものをいくな……俺は白玉ぜんざいでいいかな」
杏にはあぁ言ったけど、緑茶で腹が大変なことになっている。白玉ぜんざいですら食べきれるか怪しい。
何とか完食し、何杯目かわからないお茶も飲んだところで、俺は杏の目を見つめた。察したのだろう。杏の体に少しだけ力が籠ったのがわかる。
「杏、少しだけ大切な話をしたい」
「え、えぇ……お願いするわ」
「俺さ、皆と卒業旅行に行きたいんだ。でも金が足りない。そこで、本当に悪いんだけどここでアルバイトしたいんだよ」
杏はしばらく茫然とした後、なぜか笑い出す。
「なんだ……てっきり、別れ話か何かと思っちゃった」
「は? なんで俺が杏と別れなくちゃいけないんだよ?」
一生傍で支えたいと思った、大切な人なのに。
「だって、義之ったら真剣な顔をしていたじゃない。今回だって約束を忘れて来なかったし、いつも迷惑をかけていたから……」
「だからって、杏を好きな気持ちが変わるはずがないって。俺は誰よりも杏が好きだって胸を張って言えるんだから」
「またそういう恥ずかしいことを言う……」
言いながら、杏の耳まで真っ赤になるのを俺は見逃さなかった。俺も顔が物凄く熱い。お互いに真っ赤になっているんだろうな。
「これまで通り、杏のことを支えるのは変わらないから」
「ふふ、期待しているわね、ダーリン」
今日は冬なのに熱い日だな。冷たい麦茶でも頼んじゃおうか。
作品名:ダカーポ2 snowy tale 作家名:るちぇ。