白痴.
それは、ひどく美しい阿呆のようだ。
そいつはぷちんぷちんと爪を弾く。くしゃくしゃになってしまったシーツに包まって、延々と。無造作に投げ出された足は、とても細く、不気味なくらいに生白い。ぷちん、ぷちん、ぷち、ん。無機質な音が真っ白いこの部屋に充満して、息苦しくなる。そいつは尚も一心不乱に、その爪を鳴らし続けている。薄暗く静かな部屋で、それは嘘くさくて仕方ない。まるで現実味のない。なあ。と、呼ぶと、そいつは一瞬、その華奢なくせに骨張った肩を揺らして、こちらをゆうらりと振り返った。なあ、に?猫の鳴くようなこえ。
その目はまるで空白だった。何にもそこには在りはしなかった。ただ、滔々とした空間のみが、静かにたゆたうのだ。ぼんやりと、そいつはこちらを眺めていた。しかしそれは何も映していないかのようで、俺はすこしだけ怖くなった。な、あ。もう一度問うと、そいつはほんの僅かに視線を彷徨わせ、また、なあに。と、猫の鳴くようなこえで応えた。なに、してんだ?至極当たり前の、極々当然のことを尋ねれば、そいつは心底意味の判らないとゆう風なカオをして、眉根をぐぐぐと寄せた。その表情はあんまりにも間抜けで、そう、例えるのならば。
阿呆みたい、だ。意図せずに、それはするりと唇の隙間から這い出していた。あ。と、思わずこえが漏れた。しまった。そう焦りだすが、別段そいつに変化は見られなかった。それどころか、余計、ぐぐぐ、と眉尻を下げて、そして、何故か、にこり。と、笑った。意味が判らない。意味が判らなかった。そいつは、理解出来ていないようだった。ただ、まるで、何も考えずに、柔らかく笑んだのだった。それは残酷なまでに美しい。しかし無知だった。無知な清純の、可憐な微笑みだった。それを直に受けて、俺は、泣き出しそうになる。あああ、きれい、だ。
しろく、うつくしく。
(そんな、美しさ?)