花飾り
朱い花も まぁ 良いだろう
摘み取ろうと伸ばした指先に 痛みを感じ ついっと 手を引く
見ると 人差し指の腹に豆粒のような赤い血が プクリと滲み出していた。
「ふむ、こんな小さな花でも、抗う事を知っていると見える・・」
だが それも 相手に因りけりだ、無駄なあがきに かわりはない
スコルピオスは 再び 手を延ばし その血のように朱い花を 摘み取ると外套の端を結んで急拵えした袋の中に そっと入れた。
「このくらい有れば 充分だろう・・」
目的地は あと少しだ
あれから 幾度 独りこの道を 往復しただろうか・・
今は 誰も通る事のない山道を 記憶を頼りに しばらく歩くと
少し拓けた場所に 辿り着いた。
そこには、半ば崩れかけた小さな廃屋があり
その傍らには 二つの石の墓標が 落ち葉に埋もれるように有った。
スコルピオスは 墓標の前に 外套を広げ どっかと座り込むと
道々摘んできた花を 手に取り 器用な手つきで 何かを熱心に作り始めた。
梢を 風が渡り 何処かで 小鳥が囀っている
「・・・完成だ!」
暫くして、スコルピオスは 子供のような満面の笑みを浮かべ
手にした花飾りを 差し上げた。
陽に透かした 花飾りは 幾つもの花が 色とりどりに美しく編み込まれ
とても 武人の無骨な手で作られた物とは 思えない出来だ。
それは、幼き頃 スコルピオスの病弱だった母が 唯一 彼に教えてくれた遊び・・
男の子には 退屈な遊びだったが 今となっては 幼き頃、亡くなった母との たったひとつの幸せな思い出・・・
「へぇ~ 柄にもない事を するんだな・・」
ガサリッと 背後で 草擦れの音をさせ 金髪の若者が 木の陰から不意に現れた。
「・・・お前か・・」
そう言いながら、振り向きもせずに スコルピオスは 出来上がった花飾りを 墓標の上に そっと置いた。
「・・誰の墓だい?」
「お前には 関係ない事だ・・」
「・・ふう~ん」
彼の頑固さを よく知っている若者は、これ以上 問い質しても 無駄だと悟り
黙祷を捧げているスコルピオスが 振り向くのを、黙っておとなしく待っている事にした。
暇を持て余し、見上げると、折り重なった木の枝の間に 青い空と白い雲が 覗いている
「いつまで そうしているつもりだ?」
その声に しばし我を忘れて雲の流れに魅入っていた若者の顔が パッと 明るく輝いた。
「もう、用は済んだのかい?」
その問いには答えず スコルピオスは もと来た道を歩きだした。
木々の間を抜けて そろそろ 秋を感じさせる風が 頬を撫でてゆく
前を歩くスコルピオスが 歩を緩め ボソリと呟いた
「いつから、見ていた?」
「始めっから・・ 毎年 この時期になると お忍びで 出掛けるから ちょっと 気になってね・・ 怒ったのかい?スコピー」
「・・・まぁ いい・・ だが 他言するなよ」
立ち止まり 若者を睨んだ その目には スコルピオスらしくない初めて見る色が浮かんでいる。
「・・ああ 言わないよ」
いつもと違うスコルピオスの雰囲気に 戸惑い 若者も いつもと違う神妙な口調で答えた。
「なぁ スコピー」
「なんだ?」
「もし・・ 俺が 死んだら さっきみたいな でっかい花飾りじゃなくていいから
俺の墓に 花を手向けてくれないか?」
ふんっと鼻を鳴らすと、スコルピオスは また 歩きだした
「なぁ スコピーってば・・」
「殺されたって お前が 死ぬものか! くだらぬ事を 言っていると 叩き殺すぞ!」
若者は 足早に スコルピオスを追い越し 振り向いて言った。
「おぉ~ 怖い コワイ!でもね スコピー!
今 あんた すっごく矛盾した事を 言ったんだぜ」
スコルピオスの唇の端が 僅かに上がる。
「確かにな・・」(人とは、矛盾した生き物だ)
「なんだ、あんたでも笑えるんだ」
若者は クスリと笑い 駆け出した。
「コワイから 先に イって 待ってるよ!スコピー!」
スコルピオスは 遠ざかる若者の背中に揺れる金糸のような髪を 眩しそうに見送ると
再び 立ち止まり 今はもう木々に遮られ見えなくなった墓標の方に振り返り そっと言った。
「もう、此処に来る事はないだろう・・・すまんな・・」
スコルピオスは 秋めいた風の音に あの男の声を聞いたような気がした。