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お気に召すまま

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本当にあの男は碌な事をしない!とはおそらく衆人が一致する所ではあるが。

「雅!!何なんだこれは―――!!」
スパーンと勢いよく雅の部屋の襖を開けて、開口一番篤は怒鳴った。

「朝から騒々しいぞ。どうした」
部下に入れさせた茶を啜っていた雅は、顔も向けず言った。

「これだ、これ!」
篤は持っていたものを畳に叩きつけた。
深い藍の生地に、鮮やかな色で花鳥風月が染めつけられた留袖。控えめながら凝った模様が織り込まれた淡い山吹色の帯。素人目にもかなり高価と分かるものだ。当然襦袢と足袋もセットである。

「?お前の着替えだ。部屋に用意してあったろう」
「俺にこれを着ろというのか!」
「お前の為に誂えさせたのだ。サイズは問題ないはずだが?」
さも訝しげな顔にますます神経が逆撫でられる。
「そういう問題じゃないっ」
「いつまでもあの汚いレインコートでは見苦しいだろう。何が気に入らん」
篤は着物を指差した。
「どう見ても女物だこれは!!」

怒鳴らんでも聞こえていると、雅は湯呑みを置いて篤を見た。
「で、それがどうしたと言うのだ。良いから早く戻って着替えて来い」
「だから!おかしいだろ、女物とか!男にこんなもの着せて何が楽しい!?あれか、嫌がらせか!」
綺麗な見目の目の前の男ならともかく(絶対見たくはないが)、自分なんかが着てもきもいだけではないか。罰ゲームレベルだ。暇つぶしの嫌がらせとしか思えない。何十万としそうな着物だって、悪ノリで作らせて何の違和感もない男なのだ。

「男を女装させる趣味は私にはない。お前の嫌がる顔は好きだが、嫌がらせでもない。お前に女物が似合うと思っただけだ」
「余計悪いわ!」
この男の趣味の悪さは知っているが、留袖の自分など想像するだにぞっとしない。

「命令だ。着ろ」
「嫌だ」
「せっかくだからと良い物を作らせたのに。他人の厚意を無碍にするのは感心せんぞ」
「厚意とは絶対違うだろーが!!ていうかお前にだけは道徳を説かれたくない!」

予想はしていたものの全く埒が明かない。
着ろ着ないの不毛な会話が続いて、いい加減疲れてきた時「あ」と思い出した。

「大体俺は着物の着方なんて分からないからな。着ろと言っても無理だ」
頭に血が上って忘れていたが、そもそも旅館の浴衣くらいしか身に付けた事がない自分は、本格的な着物、それも男物と比べ複雑な女物など着ようと思っても着れないのだった。

これで黙らせられるかと思いきや、雅は見透かしたようにニヤリと笑った。
「後で人を遣る。この際だ、一般教養として着付けくらい覚えろ」
「~~~っ」
にべもなく斬り捨てる雅に、篤はここで引いてなるものかと続ける。経験上、ここで負けたらこの男はエスカレートしていって、果てはメイド服などと言い出しかねないのだ。
「それにっ、こんなものを着ていては刀も振れん。何かあってもいちいち着替えていたら迅速に対応出来ない」
「ああ、かまわんぞ。お前が出なければならないような案件は私が行こう」
「な……ッ」

今までの事を根底から覆す衝撃的な発言に篤はがっくりと肩を落とした。
「…おま…何の為に俺を仲間にしたんだ…」
「無論、お前が気に入ったからだ。主に顔と身体が。ん?右腕?まあ、そんな事も言ったか…」

「うう…こんな奴に俺の人生を滅茶苦茶に…」
ショックが覚めやらず、畳に手と膝をついてうなだれていると、ふうとため息混じりの呆れたような声がした。
「そんなに嫌か」
「…やだ」
別に着物の件だけではないのだが、知らず涙声になってしまった。

「なら別にいい」
「え?」
篤は思わず顔を上げた。
自分のやりたい事は他人の都合など(というか生死すら)全く考えず、それが何であろうと強引にやってのける男が。

主張が通ったのは嬉しいが、あっさり引き下がられると気味が悪い。とんでもない交換条件を出されるのではと身構えていると、雅はおもむろに立ち上がった。

畳に散らばった着物一式をしばし探り、中から赤く細長い物を取る。
「紐?」
赤い組紐だ。帯締めにしては細く短い。
「これはつけてくれるか?」

雅は篤に来いと言って文机まで歩いて行き腰を下ろした。
「?」
「さっさとしろ」
すっかり気勢を削がれてしまった篤は、促されるままに従い、対面に座った。
「向こうをむけ」
眼鏡を外させ篤の髪を結えた紐を取ると、雅は机から取り出した櫛で髪を梳き始めた。

「!?―…おいっ」
ぎょっとして思わず振り向こうとした後ろから、白い手が伸びて先程の組紐を目の前に下げた。
「中々細工が美しいだろう?」
艶やかな赤の組紐は陶製の飾りが付いていて、良く見ると非常に細かい筆致で花が描かれ、それが金箔で彩られている。

「これもわざわざ作らせたのか」
「ああ、お前に似合うと思ったのでな」
「…馬鹿じゃないのか」
雅は答えず再び櫛を入れ始めた。
下ろした長い髪を、驚くほど丁寧に扱う。手入れなどしていない髪を、絡まぬよう少しづつ梳かしていく。

「……」
「……」
お互い黙ったままで、ただ髪を梳く音だけがしている。

これであきらめてくれるなら安い物と思ったが、どうにもこそばゆい。他人に髪を梳かれているという状況が妙に恥ずかしくて、ものすごく居心地が悪かった。
早く終わらせてくれと願いつつ、篤はひたすら畳を見つめた。

やがて雅は器用に紐を結び終えると、櫛を置いてふむと満足げに頷いた。
「作らせた中で私の気に入りだ。無駄にならずに済んだ」

そのまま振り向くのが気恥ずかしくて、ちらりと盗み見るように後ろの雅を見ると、口元が僅かに笑っていた。

おそらく無意識だろうが、それがいつもの自分以外全てを小馬鹿にしたようなシニカルなものでなかったので。
あんまり毒気が抜けたような普通なものだったので。

「気持ちの悪い表情〈かお〉で笑うな」
「何だそれは」

渡された眼鏡をひったくるように取って、立ち上がる。
「もう行くからな」
「せっかくつけてやったんだから外すなよ」
見上げてくる顔はやっぱり不遜だ。

「……」
篤はしかし出て行かず、雅を見つめた。
「…………」
「まだ他に用でもあるのか?」

「着物」
小さな声でぼそっと呟く。
「た…たまになら着てやらん事も、ない。部屋の中限定でなら…」
ああ、馬鹿な事を言った。自分自身の発言が信じられない。

相手の反応を見たくなくて急いで出て行こうとすると、手首を掴まれる。
「では、今日は特別に私が着付けてやろう」
それは喜色満面、殴りつけたくなるくらい嬉しそうな顔で。
「誰も今着るとは言ってないだろ!」
「何、遠慮はいらん。やり方もちゃんと一から教えてやる」
「人が話をしている側から脱がすな!…ってどこを触ってるんだ、馬鹿!!」



結局その日はさらに不本意な事態へと流されて着付けを覚えるに至らず―――後日、篤が最初から分かり切っていた後悔を、やっぱりするのは別の話。
作品名:お気に召すまま 作家名:あお