鋼流収納法
その日女王候補アンジェリークがルヴァの執務室を訪れると、ゼフェルを筆頭にしてマルセルとランディが大量の本を持ち出している現場に出くわした。
「こんにちは〜。皆さん何をしているんですか?」
せっせと運び出した本をカートに積み上げていたゼフェルがちらりとアンジェリークへと視線をよこした。
「おー、アンジェリークか。ルヴァならいねーぞ、今惑星の視察に行っちまってる」
なんとなく手伝わないといけない気がして、アンジェリークはランディが持っていた本を数冊手に取る。
にこりと笑みを浮かべたランディが口を開いた。
「ありがとう、助かるよ。ルヴァ様が戻ってくるのはたぶん夕方だと思うから、育成のお願いなら今日は難しいんじゃないかな」
「そうだったんですか……じゃあまた出直します。……それにしても、凄い本の量ですね」
段々と床の可視面積が狭まってきていることにはアンジェリークも気づいていたが、執務室を覗き込めば随分広々としていた。
試験が始まった頃、ここはこんなに広かっただろうか────と呆気にとられたアンジェリークへ、今度はマルセルが苦笑して声をかけた。
「凄いよねー。ルヴァ様の読書好きは今に始まったことじゃないけど、これ全部女王試験が始まってから増えた分なんだよ」
カートに続々と積み上げられる本の山に、ゼフェルが片眉を上げて呆れた表情を見せる。
「増えすぎだろ、ったくよー。あいついつか本に埋もれてぺしゃんこになるぜ、きっと」
その言葉にぎょっとした様子でランディが諫める。
「ゼフェル、何てこと言うんだ。……まあ、100%否定はできないけど」
恒例の言い合いが始まってきたところで、マルセルがくすくすと笑い出した。
「ぺしゃんこになられちゃ困るから、こうして読み終わった本を皆でルヴァ様の私邸に運ぶことにしたんだよ。そうだ、アンジェも一緒にどう?」
アンジェリークは大きな翠の目を更に丸くさせて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「え、わたしですか? でもあの、勝手にお邪魔しちゃって大丈夫なんでしょうか……」
カートの横に取り付けられたフードを積んだ本の上に被せ、留め具で固定しながらゼフェルとランディが話し出す。
「別にかまわねーと思うぞ。本運ぶだけだし、そもそも手伝えつってきたのは向こうだからな」
「見ての通り、人手が欲しいんだ。手伝って貰えたら凄く助かるんだけどな」
ランディが足元のストッパーをガチリと踏み込み解除すると、二人はそのままカートを押して行く。
そんな二人の後を追いながらマルセルがぼそりと呟く。
「ルヴァ様はちょっとした片付けを頼んだだけで、こんなに徹底的にやるつもりではなかったと思うよ……」
これは内緒だけど、とマルセルがアンジェリークにそっと耳打ちをした。
「この間ね、ルヴァ様がよろけた拍子に崩れた本に埋もれちゃったんだ。それを見てからゼフェルが『いい加減片付けろよ!』ってうるさくて」
「ほんと素直じゃないですよね、ゼフェル様……怪我したら困るって言いたいのが丸わかりで可愛いですけど」
そしてそれを言えるほど彼の執務室が綺麗とは言い難い。足元に転がるナットやボルトたちのほうが余程危険だとアンジェリークは思う。
「でしょ。ルヴァ様もとうとう根負けして、好きに片付けていいって話になっただけなんだよ」
マルセルとアンジェリークはぷっと小さく吹き出しつつ、前方でカートを押している二人の後を追った。
貨物の搬入口から出て、無事にルヴァの私邸へと辿りつく一行。
侍従に挨拶をすると三人は迷うことなく部屋へと入っていく。
慌てて追いかけたアンジェリークがぽかんと部屋の中を見渡して、浮かんだ疑問をゼフェルに問う。
「あの、もしかしてこの本の山も、皆さんで運んだんですか……?」
部屋の中には既に多くの本が積まれていた。そしてそれらは全て部屋の片側にまとめられている。
「今で三回目だ。もうこれで大体終わりだけどな。よし、人手が増えたついでにちょっと遊ぼうぜ!」
そう言って積まれた本を手に取り、何も置かれていない側の床に並べ始めるゼフェル。
アンジェリークが床に視線を落とす。見れば点々と付箋が貼られていた。
そしてゼフェルはその付箋の上に本を置いていく。
脇に積み上げられた本を改めて見てみると、無造作に置かれているように見えて実は重さや大きさごとに分別されていると気づいた。
ランディとマルセルは黙々と床に本を並べるゼフェルに首を捻る。
「ゼフェル、何をするつもりなんだ?」
「さあ……?」
徐々に並べられた本が円を描いてきた。
アンジェリークも本を手に取り並べだす。
「ゼフェル様、重い本から積むんですか?」
「ん。背表紙は外に向けて、段が終わったらちょっとずらして同じように並べる」
そこでマルセルがぽんと両手を打ち合わせた。
「あー、そっかぁ! タワーにするんだね?」
ニヤ、と口の端を上げて笑うゼフェル。
「まーそんな感じだ。分かったら手分けしてサクッとやっちまおーぜ」
「なんか面白そう、ねえランディもやろうよ!」
「そうだな、ルヴァ様が戻られる前に終わらせないとな!」
ランディとマルセルが楽し気に作業に参加し始めたとき、ゼフェルがちょいちょいと手招きをしてアンジェリークを呼びつけた。
「アンジェリーク、ちょっとの間それ貸してくれ。……これにつけらんねーかな」
手渡されたものを見て、翠の瞳はふんわりと弧を描き、大きく頷いた。
そうして賑やかに作業が進み、四人はルヴァの私邸を後にしていった。
ルヴァが視察を終えて執務室へと戻ってきた頃、彼の机の上にゼフェルからのメモが置かれていた。
メモを読まずとも広々とした執務室を見ただけで当人不在の間に片付けが行われたことを知ったが、メモの内容にふと興味をひかれた。
”一人じゃつまんねーからマルセルとランディ野郎とアンジェリークにも手伝わせた。四人で面白ぇことしてきたから後で見とけ”
ルヴァはそれから早速私邸へと戻り、本が運び込まれたはずの部屋へと足を運んだ。
扉を開けた瞬間、彼の目が丸く見開かれた。
「おやおや、これは凄い……」
見上げるほどの高さまで円錐状にぎっしりと積まれた本に、ゆるりと飾り付けられた電飾が温かな光を放っていた。
本の背表紙の色合いも揃えられ綺麗なグラデーションを描いていて、てっぺんにはスタートップのオーナメントの代わりに、金箔押しの天使が描かれた文庫本が立てられていた。
よくよく見れば見慣れぬその本には赤いリボンがかけられている。
それはルヴァが密かに想いを寄せている金の髪の女王候補のリボンだということに気づいて、柔らかい笑みが浮かんだ。
「ブックツリー、と言うんですか。ただ積むだけではないお洒落な活用方法ですねー。明日早速お礼を言いに行きましょう」
そう言って、彼は手にしていた手土産に視線を移した。
その手土産の数は、きっちり四つ。