NEXT DOOR
俺の思い出の場所に、枯れた向日葵畑の中に、スターリッシュのみんながいる。
俺は自分の目を疑った。何かの間違いか、夢じゃないかって。
そうじゃなければ、なんで…。
「音也」
最初に口を開いたのは、トキヤだった。
「園長先生にお会いしてきました。貴方の事を聞くために。貴方の幼い頃の事、それから家族の事も、初めて知りました」
トキヤはそう言って目を伏せた。
「何も知らないとはいえ、軽率な事を言ってしまいました。許してもらえますか」
許すって何? 俺がトキヤを?
何を言ってるんだろう。
そんな今まで一度も見た事ない様な、苦しそうな表情で。
「何でトキヤが謝るの。何も話さなかったのは俺なのに」
そう、話さなかった。隠してたわけじゃなくて、ただ話せなかった。
だって話すには、自分の過去と向き合わなくちゃいけなかった。そんなの、自分がどうなるかわからなくて、ずっと避けてた。怖かったんだ。トキヤのせいじゃない。
けど、どう伝えたらいいかわからなくて、言葉に迷っていると、不意に別の声がした。
「音也君は、さっちゃんを知っていますよね。僕の中にいた、もう一人の僕の事」
那月。いつもの明るい声じゃなくて、静かに語りかける様な声。
もう一人の那月って…。
「もしかして、砂月の事…?」
はい、と那月は頷いて、
「彼が生まれたのには訳があって、僕はこれまで辛い事や哀しい事、心の痛みを全部彼に引き受けてもらっていました。傷つくことから、ずっと守ってもらっていたんです。でも音也君はずっと一人で抱えていたんですね。一人ぼっちの寂しさも孤独もみんな…辛かったでしょ う。気づけなくてごめんなさい」
繊細な那月の声は今にも泣き出しそうに聞こえて、胸が苦しくなる。
違うよって、那月は悪くないよって言わなくちゃいけないのに、俺はそんな事も言葉に出来ない。
「俺の話も聞いてくれるかい、イッキ」
そう言ったのは、隣にいたレンだった。
「俺はずっと子供の頃から、学園に入って、レディやここにいる皆に出会うまで、夢も目標もなく、空っぽなまま毎日を過ごしてた。自分で自分を可哀そうだと思って、家や周りのせいにしてさ。けどイッキはずっと、何があっても挫けないで、必死に前を向いて、頑張ってたんだな。立派だよ」
立派? そうなのかな。あんまり実感はない。
だけど、レンが皮肉は言っても、お世辞を言わないタイプなのは知ってる。
きっと真剣に、心からそう思ってくれてるって事。
こんな俺なのに。
そして。
「音也。春歌もアナタを心配していました」
いつものゆっくりとした口調で、セシルが言う。
「七海が…?」
名前を聞いて、心臓が大きく跳ねる。
「はい。自分の音楽が、アナタにつらい思いをさせたのではないかと。アナタのあんな歌声は彼女もワタシ達も初めて聴いたから」
「そんな事ないよっ、俺は…」
そうじゃないんだ。
きっかけは七海の曲だけど、あの歌は、あの歌声は、もともと俺の中にある歌。
ずっと心の奥に閉じ込めていたもの。
誰も知らない、でも確かに俺自身の声なんだ。
だけどそう言ったら、みんなはどう思う?
やっぱり俺らしくないって、どうかしてるって、言うのかな。
でも俺は…。
「音也、恐れないで」
「え…?」
「心に秘めたアナタの想いを、もっとたくさん聴かせて欲しい。喜びをともに感じ、苦しみは分かち合いたい。だってワタシ達は強い絆で結ばれた仲間なのだから」
「セシル…」
セシルの声は、静かで優しいけど不思議な力があって、すっと胸に染み込んでいく。
「一十木」
ずっとみんなの話を聞いていたマサが、俺の名前を呼ぶ。
「戻るのも戻らないのもお前の自由だ。好きにしていい。だが、お前がいなければ、俺たちはスターリッシュにはなれない。ここにいる誰が欠けても同じだ。俺たちはこの七人全員が集まってこそ、スターリッシュなんだ。分かるか?」
うん。わかるよマサ。
みんなの顔を見る。一人一人。俺の大切な、本当に大切な仲間。
そしてみんなも俺を、そう思ってくれているんだ。
「みんな、心配かけてゴメン」
俺は頭を下げる。深く。
しばらくそうした後、俺は吐き出す様に、叫ぶ様に、声を出した。
「俺は…歌いたい。歌いたいんだ。みんなと一緒にっ」
こらえきれなくなって、涙があふれる。
震えながら、だけど必死に言うと、不意に間近で声がした。
「待ってたぜ、その言葉」
顔を上げると目の前に翔が立っていて、丸めた拳で軽く俺の左胸を叩いた。
「お前にその気持ちさえあれば、俺らはそれで十分なんだよ」
「翔…」
「帰ろうぜ、俺達の舞台に」
翔が、真っ直ぐな目で俺を見る。
そこには嘘も曇りも何にもなくて。
俺の中身まで全部信じてくれる、強い瞳。
どうして不安に思ったりしたんだろう。
みんながこんなに近くにいて、俺を信じてくれている。
俺もその想いに応えたい。
俺もみんなを信じなくちゃ。大丈夫。今なら信じられるよ。
もう迷わない。
「うん!」
俺は力いっぱい頷いて、
「みんな、本当にありがとう!」
顔を上げると、朝日の中でみんなが俺を祝福するみたいに笑っていて。
もう笑えないなんて思ったのが嘘みたいに、喜びがあふれる。
ああ、そうか。やっと気づいた。
俺の笑顔の源は、みんながくれるんだ。
ここにいるみんなや、ファンのみんな。支えてくれる人達。
そして…。
七海。
会いたい。
もう大丈夫だよって、心配してくれてありがとうって伝えたい。
君が笑ってくれるなら、俺はどんな事だってするから。
だから、もう行かなくちゃ。
俺はもう一度、向日葵畑を見渡して、大切なこの場所を、この目に焼き付ける。
哀しい記憶も優しい思い出も、全部この胸に抱きしめて。
もう一度、始めるんだ。次の扉を開けて。
「もう、大丈夫ですか」
トキヤの声に、俺は振り向く。よく知ってるその顔を見てたら、いろんな気持ちが湧いてきたけど一番はやっぱり。
いっぱい心配かけてゴメン。それから、ありがとう。
後でちゃんと言おう。うるさいって言われるくらい、たくさん。
今はただ、前に進む。
「うん、行こう」
俺が言って、みんなが歩き出す。
朝日を背に、同じ方へ。
次のステージが俺達を待っているから。
みんなの後ろを歩きながら、途中で俺は、少しだけ足を止めて振り返る。
ねえ、伯母さん、聞こえてる?
俺、今こんなに最高の仲間がいるよ。
ここにいるみんなと一緒にキラッキラのアイドルになって、夢を叶えるから。
ずっと見ていて。
それから、俺を愛してくれてありがとう。
一緒に過ごした日々の事、そして今日この日の事。大切な瞬間を胸に刻んで俺は歩いてく。
いつか離れ離れになる日が来るとしても、ずっとずっと忘れない。
たとえすべてに終わりがあるんだとしても、それは少しだけ、永遠に似てるんじゃないかって、そんな気がするんだ。