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透野サツキ
透野サツキ
novelistID. 61512
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ネガイゴト

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ネガイゴト

 新年。一月一日。元日。
 ボク達二人は、事務所の近くの神社に初詣に来ていた。
 はっきり言って、これまでのボクには全く馴染みのない行事で、彼女から誘われるまでは、特別興味もなかった。
 もっとも初詣に関するデータなら、もちろんボクにもある。年の初めに、神社や寺に参詣する、この国の慣習。ならわし。多くの人にとっては、宗教的な色合いより、恒例行事と言った意味合いの方が強い様だ。
 スケジュール的には問題ない。余暇の時間に彼女に会えるという点では悪い申し出ではなかったし、世間一般の恋人達もそんな風に新年を迎える様だから、彼らと同じ行動をなぞる事で、関心が湧くかもしれないと思い、ボクは誘いを受けるコトにした。
「やっぱり混んでいますね」
 春歌が言う。
 それほど規模の大きい神社ではないけれど、参拝客は多く、横に十メートルほどの太い列が、長さにしてざっと五十メートルに達しようとしている。それはボク達が来た時よりも長くなっており、なお最後尾に加わろうとしている姿もある。老若男女、家族、友人、恋人同士など、様々な種類の人がこの行列を構成している。人が多いなりにざわつきはあるものの、それでも割り込んだりせずに整然と秩序を保っているのは、神社と言う場所柄か、それとも、この国の国民性なんだろうか。
「限られた時期に、限られた場所に人が集中するんじゃ、当然の成り行きだけれどね」
 淡々とボクは答える。
 時々列が動いて、少しずつ自分たちの位置が前へ進む。数歩進んでは止まり、また、限られた空間に静かに立って、次の動きを待つ。その繰り返し。その動きは微々たるもので、いつになれば目的を達せられるのか予測が難しい。ただ、幸いな事に今日この後は、時間的に拘束される仕事はないから、時間が読めないこの状況でも、落ち着いていられる。
「あっ」
 突如、うねる人の波に、春歌が飲み込まれそうになる。
 届かなくなるギリギリ手前で、彼女の手を掴んで、引き寄せる。
「もう…大丈夫?」
「ありがとうございます」
 春歌は人の隙間を縫ってボクの隣に戻る。
「だから言ったでしょ? 手を繋いだ方が良いって」
「う…すみません」
 ボクの言い方が冷たく聞こえたのか、彼女は小さく謝罪をする。
「ただでさえ君は危なっかしいのに、この人混みの中ではぐれるなんて、洒落にならないでしょ。はい」
 そう言ってボクは、厚手の手袋の上から、ぎゅっと春歌の手を握る。
「先輩…でも」
「安全と判断できるまで、ボクに従うコト。君に何かあったら、困るのは君だけじゃないんだから」
 ボクはもっともらしく彼女に告げる。
 彼女は人前であまり手を繋ぎたがらない。もともとの引っ込み思案な性格と、ボクの立場への配慮。両方がその理由。
 だけどボクは一応、人相を隠す様に、帽子をかぶり、縁の太い眼鏡をかけ、長めのマフラーで口の辺りまでを覆っている。あとは堂々とさえしていれば、意外に気づかれないものだ。
 隣を見ると、彼女は少しうつむいて、頬を紅潮させていた。緊張しているらしかった。
 そう言う時のドキドキ感は、少なからずボクにも伝染する。
 それは、悪くない感情。
「君は、何か願い事をするの?」
「え?」
 春歌が顔を上げる。
「こんな風に神様にお参りをする時は、大抵みんな、何かをお願いするんでしょ?」
「はい。でも自分の事は自分が努力すればいい事なので、周りの皆さんが、良い一年を過ごせる様に見守っていて欲しいです。もちろん美風先輩の事も」
「君はホントに素直だよね」
「?」
「願い事は簡単に口に出しちゃいけないって、聞いたことはないの?」
「ええっ! そうなんですか?」
 春歌は慌てた。
「でも先輩に聞かれたから、つい」
「ボクは願い事をするのかどうかを聞いただけだよ」
 ボクはすまして答える。
 しゅんとする春歌の様子が、気の毒だけど、ちょっと可愛くて、くすっと笑う。
「まあでも今の話を聞いていたのはボクだけだから、大丈夫。神様には黙っていてあげる」
 ボクがそう言ってなだめると、春歌は安心した様に笑う。
 それから、今度は彼女の方からボクに訊ねた。
「先輩は、お願い事ってあるんですか」
「ボク?」
 春歌は丸く大きな瞳を僕に向ける。
「誘った私が言うのもなんですけど、もしかしたら先輩、神頼みとか興味がないんじゃないかなって…」
 ネガイゴト。ボクの?
「そうだね、さっきまでは特に思い浮かばなかったけど…」
 彼女の言う通り、神頼みなんて、他力本願もいいところで、全く理解ができなかったけど。
 自分以外の誰かの事を思う。そんな彼女の発想は悪くないものに思える。
「ボクもしてみようかな、神様に」
「えっ」
 意外に思ったのか、春歌は驚く。
「あの…やっぱりそれは、教えてもらえないですよね」
 残念そうに春歌が言う。
 ボクは少しイジワルく笑って、
「叶わなくなったら困るからね」
 実際は、そんな事に左右されるなんて、思ってないけど。
 あっさり答えてしまうのは、何だかもったいない気がして。
「だけど、気になるなら、当ててごらん」
「ええっ。私がですか?」
「列の先頭に行くまで、まだまだ時間はたくさんあるし。こう言う時にボクが考えるコトのバリエーションは、それほど多くないから、君にもきっと難しくないはずだよ」
 ボクに言われて、彼女は一生懸命考え始める。仕事の事、仲間の事、次々に挙げていくけど全部不正解。答えはもっとシンプルな事なんだけど、君は自分のコトには疎いから、このままじゃ教えてあげるコトはできないかもしれない、なんて。
 右手に、彼女の手のぬくもりを感じながら、ボクは思う。
 願い事を考える、その行為は何だか、自分自身と向き合う事に少し似ている。
 心と言うモノの真ん中、もしくは奥深くにある、夢や希望、目標。あるいは大切なモノや人を思い描いて。
 決意を新しくして気を引き締める。
 そんな一年の始まり方は、確かに、悪くはないのかもね。
「降参?」
 答えが出尽くした様に黙ってしまった春歌に、ボクは訊ねた。
「どうしても、って君がお願いするなら、教えてあげてもいいよ」
 神様にお願いするより、その方がずっと叶いそうな気がする。
 耳元で君にだけ、囁いてもいいよ。
 君が、ボクの隣でずっと笑っていてくれます様に。

作品名:ネガイゴト 作家名:透野サツキ