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3 国境にて

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「おい、どこへ行ってたんだ!」
― 姿が見えなくなって、心配したぞ。

すっかりドレス姿が板につき、ユリウスを探しに車外へ出てきたアレクセイの元に小走りで戻って来たユリウスの頭を、昔のようにクシャクシャと撫でようとして、アレクセイはその手を彼女の頭に持って行く。が、綺麗に結い上げられた彼女の髪に、所在無げにその手は止まり、代わりにその手を彼女の白い頰に滑り下ろし、指の背で優しく彼女の頰をひと撫ですると、その後柔らかな頰を軽く摘んだ。

「いたい!」

頰を摘まれた彼女がこそばゆそうに、クシャッと笑う。

「心配させるな…このばかたれが」
― 外は冷える。コンパートメントに入ろう。

アレクセイがユリウスの背中を優しく抱いて汽車の中へと促す。

ここはドイツ国境の駅―。
ユリア、―ユリウスはもう二度と踏むこともないであろうその故国の風景を、今一度振り返り目に焼き付けると、最愛の人に背中を抱かれ、国境を出る汽車の中へと姿を消した。

ユリウスが故国ドイツで最後にした事。

それは、15年の間慈しんでくれた、そして誰にも言えない秘密と罪を共有し続けた母、レナーテに宛てた手紙の投函だった。

いよいよ旅券も整いひと月を過ごしたミュンヘンのアジトも引き払う前日、ユリウスは母に宛てて手紙を認めた。

が、無記名の、しかもこれからの事も今迄の事も書く事が出来ないその手紙の内容は、書いては何度も頓挫し、結局最後に書き上がったその手紙は―、「ごめんなさい」 その一言だけだった。

― 母さん、ごめんなさい。…ぼく、行くね。それから、今までありがとう…。

封をした手紙にポタリと一粒涙の染みが広がる。

ユリウスは封筒に落ちた涙をそっと拭い取ると、手の甲で頰を伝う涙を拭い顔を上げた。

― 泣かない!…ぼくが自分で選び取った人生だから。

この、差出人のない手紙は明日国境の駅で投函しよう。

ユリウスは少ない荷物の中にその手紙をそっと忍ばせ、そして、伝えることの叶わなかった気持ちを綴った書き損じの手紙をひっそりと暖炉にくべた。
作品名:3 国境にて 作家名:orangelatte