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恋人記念日

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六条千景と門田京平が出会ってから3ヶ月。
二人が恋人同士になって3日目。
恋愛事に関して百戦錬磨であるはずの千景は、携帯を握り締めて悩んでいた。

(デートってどうすりゃいいんだっけ)

もちろん、記憶喪失とかそういった話ではない。ちゃんとデートの仕方は十分過ぎるほどわかっている。
ただし、それは相手が「女の子」の場合の話だ。
女の子とのデートなら、買い物に付き合うとか、流行りのカフェやレストランに行ったりだとかいろいろある。
けれど、つい先日恋人になった門田はそんなことに興味があるようには見えない。
というか、絶対ない。
(そもそもあいつの趣味ってなんだ!?)
今更お見合いよろしく「ご趣味は?」などと聞ける訳がない。
(本、はよく読んでるけど、恋人になってから初めてのデートが本屋ってのは無いな。却下)
(今までは俺が勝手に押しかけて勝手に連れ回してただけだから、あいつの興味あることとかわかんねぇ)
(いつもだったらこんなこと無いのに)
はぁ、とため息をつく。
普段の千景だったら、女の子たちが何の話で盛り上がって、何に興味を持っているかなんて自然と覚えていたのに、門田に対してはそれが全くできなかった。
なにか思い出そうとしても、門田の些細な行動、例えば本を扱う時の手つきとか、呆れた風に「千景」と呼ぶ声だとか、ばかりが頭に浮かぶ。
(どんだけ浮かれてたんだよ俺。恥ずかし・・・)
(だめだ。なんにも思いつかない。ていうかずっと考えてたら京平に会いたくなってきた)
抱きしめたい。手を繋ぎたい。声が聞きたい。目を見たい。キスがしたい。
とにかく会いたくて、思わず「明日そっちに行ってもいい?」というメールを送ってしまった。
返事は「いいぞ」。
(あー、まじでどうしよ!)
とりあえず時間と場所だけ返信すると、もう一度ため息をついて枕に顔をうずめた。
いっそのこと渡草たちに相談でもしてみようかという考えが頭を過ったが、こんな恋愛初心者みたいに悩んでいる自分を知られたくない。
(こうなったら勢いだな、うん)
こうして千景の悩みは解決することなく、初デート前夜は終わった。


翌日、待ち合わせ場所で10分程待っていると普段と変わらぬ門田がやってきた。
ただ、普段と違って今日は一人だ。いつものワゴンも見当たらないことに、ちょっとした優越感を覚える。
「よう、早いな」
「恋人を待たしちゃ悪いだろ」
「俺には女みたいに気を使わなくていいんだぞ?」
「ま、癖みたいなもんだよ」
お前らしいな、と門田が笑う。その優しい眼が見れただけで来て良かったと思ってしまうなんて。
(京平のこと相当好きだなー、俺)
いやいや、まだ挨拶しかしていない。デートの本番はこれからだ。
「で、今日はどうしたんだ?」
「今日は、その、休みだし、恋人になった記念にデートでも・・・って思ってさ」
「ああ。うん、そうか」
「えーっと、とりあえず昼メシでも食うか」
「そうだな」

休日の昼間の池袋なんて何処も混んでいるので、適当に入ったラーメン屋で簡単に昼食を済ませる。
いつもの千景なら自分の武勇伝だとか女の子の話だとかをうるさいぐらい話しかけてくるのに、今日は口数がやけに少ない。いや、うわの空といった方が正しいだろうか。
そんな千景に対して門田は少し違和感を感じていた。
「んで、この後はどうする?」
「あー、この後な・・・」
珍しく千景が言い淀むが、門田はとりあえず会計を済ませて店を出る。
その顔を見てみると、どこか困ったような顔をしていた。
「千景、お前なんかあったのか?」

失敗した、と千景は思った。
門田に会えば何か思いつくかも、と思って来てみたものの、そんな都合のいいことは起きなかった上に門田に心配させるような態度をとってしまった。
(上手くやれると思ったんだけど、この状況で誤魔化そうってのは無理だ、よな)
沈黙がしばらく続き、ようやく千景がぽつりと呟く。
「あの、さ、笑うなよ?」
「?・・・ああ」
「記念のデートとか言ったけど、実はただ京平に会いたくて来ちゃっただけで、さ」
「・・・」
「ホントはちゃんとデートするつもりだったんだけど、京平の好きそうな所とか思いつかなくって・・・。ゴメン」
「なんでそこで謝るんだよ」
「だって、やっぱ恋人として京平のこと楽しませてあげたいじゃん。でも全然出来なくて、ゴメン」
門田はそれを聞いて、はぁ、とため息をつく。
こんな時になんだが、しおらしくしている千景なんて滅多に見れないので、その姿を楽しんでいる部分もあるのだが、それは言わないお約束だ。
「お前、今まで俺のこと散々振り回しておいて今更何言ってんだ。」
「・・・それも悪かった」
「違げぇよ。そりゃあ、俺のこと考えてくれるのは嬉しいが、別に俺は今まで通りでも良かったんだ。お前に振り回されるのは、まぁ、嫌いじゃない」
「京平・・・」
「それに、嫌ならとっくに断ってるよ」
ぽんっと頭を叩かれ、千景は(あぁ、やっぱりこいつはオトナだ)と実感する。
けれど、多分それでいいのだろう。千景がまだ子供だとしても、門田は受け入れてくれる。
「・・・なんか悔しい」
「伊達に狩沢たちに付き合ってる訳じゃねぇからな。で、改めてこれからどうする?」
いつも通りで言いと言ってもらえたが、やはりそれでは千景の気が済まない。
女の子じゃないけれど、今日を特別な日にしたいのだ。
「じゃ、京平ん家に行かせてよ」
「俺ん家か?まぁそんなんでいいなら」
「ついでに泊めてくれるとうれしいんだけど」
「確かに好きにしろとは言ったけどな?」
「恋人が泊まりに来るのはふつーのことだろ?それに心配しなくても襲わないからよ」
「襲われてたまるか、バカ!」
「いってー!」
今度は頭を叩かれた。千景は他人よりいくらか頑丈に出来ているが、痛いものは痛い。
しかし、こんなことでめげる千景ではない。
「いいじゃん、泊めてよ!」
「あー、はいはい。いいよ。もう勝手にしろ」
「え、襲ってもオッケーってこと?」
「ンなわけあるか!!それは無しだ。ったく。泊まるんならとりあえず買い物してかねぇとな」
「あ、俺夕飯作ったげるよ」
「へぇ、お前料理なんて出来るのか、意外だな。作ってくれる女なんていくらでもいるだろ?」
「料理が出来るってのもモテる男のステータスだぞ、京平」
(本人が振り回していいって言ってんだ。とことん付き合ってもらうかんな!)

こうして初お泊りになった千景は幸せな気分で一杯だったのだが、おやすみのキスだと言ってディープキスをしたところ、門田を怒らせて鳩尾にきついパンチをくらい就寝、という嫌な思い出も作ることになった。

作品名:恋人記念日 作家名:秋加