29 とある噂
アレクセイ・ミハイロフの妻、ユリアが勤め帰りに姿を消して早一か月が過ぎた。
彼女の事務所を出た時間、そして帰宅経路からその日に起こった市街戦に巻き込まれた可能性が高く、その翌日から党員総出で時間があれば死体安置所や病院を回って行方を捜しまわっているのだが、杳として彼女の消息はつかめず、役場や駅、そして軍部に潜り込んでいる同志に情報を求めたが、やはり彼女の消息は分からずじまいだった。
「こんな…狭い街で―、いくら混乱を極めていたからって、こうも忽然と人ひとり消えるなんてことがあるのかよ?」
「しかも、あれだけ目立つ見た目の子だ。どこにいてもきっと誰かの目に留まる筈だと思うんだけどなぁ…」
その日も任務が終わった後に、ユリアを捜索していた支部の連中が、―やはりその日も不首尾に終わり、肩を落としてその足で酒場に出向き、ため息交じりに安酒をあおっていた。
行方不明になってから徒に時間ばかりが経過し、捜索している支部の面々の顔にも焦りと共に徐々にあきらめの色が見え始めて来た。
「イワノフ、お前んとこにいるミーチャはどうしてるか?」
「最初の日は…ひどく泣かれて参ったよ。ムッターどこ?!てな。だけど…最近は迷惑かけちゃいけないって子供心にも思うのか寂しいのに必死で我慢してるよ。俺たちの前では泣き顔を見せねぇけど、夕方に―、いつもユリアが迎えに来てた時間になると、通りの前に立ってじっと母親を待ってるんだよ…」
「そうか…。可哀想になぁ。…クソ!ユリアのやつ、あんなかわいい子置いて…一体どこで何してるってんだよ!」
一気にグラスのウォッカをあおった同志の一人が、乱暴にグラスを床に叩きつける。
「おいおい…。落ち着けよ。ユリアだって…きっとミーチャの事を思ってるはずだぜ。あんなに可愛がってたんだ。しかし…いったいどこへ姿を消しちまったんだ…ホントに」
「それよりイワノフ。お前の所、ずっとミーチャを預かりっぱなしだろう?大変じゃないか?俺のところでも面倒みようか?」
同志の一人がミーチャを預かっているイワノフの家庭を慮り、名乗りを上げる。
「うちは…どってことねぇよ。幸いミーチャもうちのヤツと子供にもよく懐いてるしな。却ってたらいまわしにするのは可哀想だ。…気ぃ使ってくれてありがとよ」
「じゃあ、俺たちは大したことができねぇが…これを」
同志の一人が上着のポケットからなけなしの紙幣を取り出しイワノフの前に置いた。
「おれも…」
―これでミーチャに美味いもん食わせてやってくれよ。
あっという間にイワノフの前にカンパの山が出来上がる。
「お、おいおい!こんなの…もらえねぇよ」
恐縮するイワノフに、隣の同志が
「いいって。ほら、しまっとけよ」
と無理やりそのカンパの山をイワノフのポケットにねじ込んだ。
彼女の事務所を出た時間、そして帰宅経路からその日に起こった市街戦に巻き込まれた可能性が高く、その翌日から党員総出で時間があれば死体安置所や病院を回って行方を捜しまわっているのだが、杳として彼女の消息はつかめず、役場や駅、そして軍部に潜り込んでいる同志に情報を求めたが、やはり彼女の消息は分からずじまいだった。
「こんな…狭い街で―、いくら混乱を極めていたからって、こうも忽然と人ひとり消えるなんてことがあるのかよ?」
「しかも、あれだけ目立つ見た目の子だ。どこにいてもきっと誰かの目に留まる筈だと思うんだけどなぁ…」
その日も任務が終わった後に、ユリアを捜索していた支部の連中が、―やはりその日も不首尾に終わり、肩を落としてその足で酒場に出向き、ため息交じりに安酒をあおっていた。
行方不明になってから徒に時間ばかりが経過し、捜索している支部の面々の顔にも焦りと共に徐々にあきらめの色が見え始めて来た。
「イワノフ、お前んとこにいるミーチャはどうしてるか?」
「最初の日は…ひどく泣かれて参ったよ。ムッターどこ?!てな。だけど…最近は迷惑かけちゃいけないって子供心にも思うのか寂しいのに必死で我慢してるよ。俺たちの前では泣き顔を見せねぇけど、夕方に―、いつもユリアが迎えに来てた時間になると、通りの前に立ってじっと母親を待ってるんだよ…」
「そうか…。可哀想になぁ。…クソ!ユリアのやつ、あんなかわいい子置いて…一体どこで何してるってんだよ!」
一気にグラスのウォッカをあおった同志の一人が、乱暴にグラスを床に叩きつける。
「おいおい…。落ち着けよ。ユリアだって…きっとミーチャの事を思ってるはずだぜ。あんなに可愛がってたんだ。しかし…いったいどこへ姿を消しちまったんだ…ホントに」
「それよりイワノフ。お前の所、ずっとミーチャを預かりっぱなしだろう?大変じゃないか?俺のところでも面倒みようか?」
同志の一人がミーチャを預かっているイワノフの家庭を慮り、名乗りを上げる。
「うちは…どってことねぇよ。幸いミーチャもうちのヤツと子供にもよく懐いてるしな。却ってたらいまわしにするのは可哀想だ。…気ぃ使ってくれてありがとよ」
「じゃあ、俺たちは大したことができねぇが…これを」
同志の一人が上着のポケットからなけなしの紙幣を取り出しイワノフの前に置いた。
「おれも…」
―これでミーチャに美味いもん食わせてやってくれよ。
あっという間にイワノフの前にカンパの山が出来上がる。
「お、おいおい!こんなの…もらえねぇよ」
恐縮するイワノフに、隣の同志が
「いいって。ほら、しまっとけよ」
と無理やりそのカンパの山をイワノフのポケットにねじ込んだ。
作品名:29 とある噂 作家名:orangelatte