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35 リューバの旗袍

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「ねえ、レオニード―」

ユスーポフ家のオランジェリーを歩いていたユリウスがレオニードに話しかける。

「なぜ、リューバはあんなに綺麗なのに、ドレスを着ないの?」

ユリウスのその質問にレオニードは軽く目を瞠る。

「なぜって。それはリューバに聞いてみたのか?」

「うん。聞いてみたよ」

「ほう―。そうしたら?」

「そうしたら、何故そんな質問をするのか?と逆に質問されたよ。ぼくそんなにおかしな質問したかなぁ?」

ユリウスがレオニードの方へ小首を傾げる。

「はは…。アハハ…。やはりお前は面白い女だ。あいつに…リューバにドレスを着ないのかなんて聞いたのは…多分お前が初めてだ!その時のリューバの顔が見てみたかったぞ」

レオニードは、珍しく身体をのけ反らせて声を上げて笑った。

「どうしてそんなに笑うの?」
ユリウスが納得しかねる という顔でレオニードを上目遣いに軽く睨みつける。

「悪かった…。しかし、お前とて同じではないか?なぜ、そんなに美しいのにドレスを着ぬのだ?」

そう言ってレオニードはオランジェリーに咲き誇る蘭の花を一本手折るとユリウスの金の髪に挿した。

「どうしてって…。ドレスを着ないとダメ?」

「いや。そんなことはないが…」

「こっちの方が動きやすいけど…レオニードが望むのならば、あなたとの晩餐のときはドレスを着ることにする。晩餐ならば動く必要もないしね」

「そうか。…お前の好きなようにするがいい」

「あのね。この格好の方が動きやすいけど…でもドレスも好きなんだよ。こないだレオニードがプレゼントしてくれたドレスあったでしょう?あのピンク色のやつ。袖を通したときに…胸が躍った」

ユリウスがレオニードの両手を握って瞳を輝かせる。

「あれか…。よく似合っていたな。肌が白いから淡い色がよく似合う」

レオニードがその時のユリウスの姿を思い出すように黒い目を細めた。

「ちなみに、リューバは、確かにドレスは着ないが、旗袍(チーパオ)という満州族の伝統衣装ならば着るのだぞ。毎年新年にあの一族の女がその衣装を纏って我が家に挨拶に来るが、それは艶やかなものだ。鮮やかな刺繍が入ったのチャイナのシルクで作られているスタンドカラーの細身のドレスで、スカートには二本の深いスリットが入っている。満州族の女はそのスリットの入ったスカートで、男のように馬にまたがるのだ。毎年一族の女どもが新年に馬場で馬術を披露するが、ドレスからのぞく白い脚がなかなかに魅惑的で、《ウェイ家の女は馬に乗って美脚で男をおとす》とまことしやかに言われている」

「へえ。リューバのチャイナドレス…見てみたいな。素敵だろうな」

「新年には見られるだろう」
― さあ、そろそろ部屋へ戻って休むがいい。

レオニードがユリウスの背中に優しく手を添え、二人はオランジェリーを後にした。

その日、ユリウスは夢を見た。
艶やかな牡丹が刺繍された絹の旗袍に身を包み、黒い艶やかな髪にも牡丹の花を挿したリューバが馬を駆る。
細身の旗袍の裾は馬の上で上下に揺れる度にスカートが翻り、そのスリットからリューバの形の良いしなやかな脚が見え隠れする。
そのリューバは力強く、そしてしなやかで美しかった。
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作品名:35 リューバの旗袍 作家名:orangelatte