PEARL
2.
暖炉にくべた薪が消えそうだと朦朧とした意識の中で思ったその時、まるで爆ぜる炎のように、体中が熱を発していることにミロは気付いた。
ひどく喉が渇いていたが、ほんの少し起き上がり、手を伸ばせば届く位置にある水差しを取るのも億劫に思ったミロはそのまま鉛のように重い身体をソファーに沈め、薄手の毛布に包まり背を丸くして縮こまった。
―――寒い。
身体は熱く燃えるようだというのに、先刻浜辺でいた時には感じなかった寒さが今頃になって感じているかのように凍えていた。
だが、次第にその寒さが和らいでいった。
パチッ…パチッ……
爆ぜる炎の音が心地よく響く。
消えかけていた暖炉の火が勢いを増したのだろうか……?
不思議に思いながらもミロは微睡みに身を委ねる。ふわりと身体をさらに何かが覆い被さり、悪寒が消えていった。そして微睡みから虚ろに冷めた時、ひんやりとした心地よい冷たさが額や首筋に当てられた。
「気持ちいい……」
掠れた声で呟きながら、その心地よい冷たさを伝えるものに手を伸ばす。
―――何だろう、これは。
……ああ、これは手だ。
細くて長い指。
―――誰だろう?
ここには誰もいないのに。
きっとこれは熱による錯覚だ。
そう思いながらも、頬を優しく撫でる指先に手を重ねる。
そのまま微睡みの中でその冷たい手の感触を確かめる。
覚えのある感触。
目を開けてしまえば、夢が醒めてしまいそうで目を瞑ったまま声をかける。
「夢なら……醒めないでくれ……」
精一杯、振り絞った声は掠れていた。
心地よい冷たさ、その細く長い指先を持つ者を知っている。
戸惑ように自分に触れる、臆病な指先。自分ではない別の者を求めていることを知りながら、胸の奥底でじりじりと焦がすような想いで絡めとっていた。
「シャカ……」
小さな囁きとともに眦から流れ落ちた雫が頬を伝い、その指先を濡らした。そっと唇に柔らかな感触を感じる。
一度離れて、そして、もう一度。
伺うように遠慮がちに忍び込んできた舌先。触れ合った瞬間、溢れ出る想いを流し込むように深く口づけを重ねた。
「ミロ」
他の誰でもない自分の名前を呼んでいる者に応えるように瞳を開けてその姿を目に焼き付ける。
熱い眼差しで見つめ、そして抱き締める。
「―――シャカ」
夢でも、幻でもいいと思った。
もう一度、この腕に抱くことができただけで……それでいい。
もしも、これが最後だというのならば。
ただ自分の愛情を嘘偽りなく、伝えたい。
真珠に遺した想いをシャカ本人にぶつけたい。
でも、それを言葉にすることができなくて、不器用に抱き締めるしかできなかった。
「私を……ひとりにするな。どんなときも……離さないでくれ。私の名を呼び続けてくれ、ミロ」
消え入りそうな声が耳元を掠める。充分すぎるほどのシャカの言葉に胸を詰まらせた。悲しいわけではないのに、情けないほど涙が溢れ出た。
初めてシャカの心に触れることができた気がして……嬉しかったから。
「こんな私でも……愛してくれるか?」
縋るように指先をミロの背中に伸ばされる。あたたかなシャカの鼓動を胸に強く感じた。
「―――ああ。誰よりも……そして、いつまでも」
手の中の真珠を握り締め、腕の中の真珠を抱き締める。
深い海の底で眠る柔らかな真珠。
遠い夜空で輝く真珠星。
サガの愛した大切なシャカ。
俺が愛した特別の人。
「今度は俺がアコヤの殻となる。誓って離れたりはしない。ずっとおまえのそばにいるから―――」
その美しい柔らかな輝きを守るように。
俺はシャカを愛し続けていく。
サガにも、誰にも負けぬように。
情熱の証を示すかのようにミロは篭る熱をシャカに注ぐ。
暗闇に爆ぜる炎のように、熱でシャカを包み込む。
黄金の波紋を広げるかのように髪を舞わせながら、シャカもまた熱き鼓動を確かめようとミロを受け止めたのだった。
Fin.