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64 脱出Ⅱ

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「おはようございます。奥さん…。―?!」

ユリウスが匿われている一室を訪れた女が、鍵を開けようとしたその背後から、ロストフスキーが女の首の後ろに一撃を食らわせた。
悲鳴を上げる間もなく、女の身体が地面に崩れ落ちた。

「行くぞ!」

ロストフスキーが素早くその女を部屋に引きずり入れると、ユリウスが女の服を脱がせにかかった。

意識を失って伸びている下着姿の女を縛り、猿ぐつわを噛ませ、浴室に閉じ込める。
その間にユリウスが支度に取り掛かる。

恰幅のいい中年女のドレスは臨月のユリウスにも容易に着ることが出来た。
ドレスを着てエプロンをかける。

キャップの中に髪をしまい込もうとしたが、腰まである長い髪はなかなかキャップに収まりきらない。

「支度はできたか?」

女を閉じ込めた浴室からロストフスキーが出て来た。

「ロストフスキーさん…。ナイフか何か持ってない?」

ユリウスの問いにロストフスキーが

「短剣でいいか?」

と答える。

「それ、貸してくれる?」

ロストフスキーから渡された短剣でユリウスは、長い髪を根元から切り落とした。

切り落とした長い髪を、ユリウスは事もなげに床に放り投げた。放り投げられた金の髪の束が、まるで生き物のように―断末魔の生き物のように大きく撓って床に落ちた。

黄金の川のように切り捨てられた長い髪が床に広がる。

「…思い切ったな」

「髪なんて…すぐに伸びるよ」

少し悲しそうな顔でそう言ったユリウスの小さな頭にロストフスキーが手を伸ばした。

「…短い髪も…悪くないぞ。…美人は得だな」

そう言って彼女の短くなった髪を一撫ですると、手にしていたキャップを目深に被せてやった。

「…よし。完璧だ。顔を伏せて背を丸めて出て行くんだ。いいな。大丈夫だ」
―あなたに神の加護があらんことを。
ロストフスキーが、そっと十字を切った。

「ありがとう。…セリョージャ」
ユリウスの両腕がロストフスキーの身体を包み込む。

「あなたの幸運を祈ってる…ユリア」

ユリウスの抱擁を受けたロストフスキーが、小さな声で呟いた。

ユリウスはショールを羽織り、背を丸めて階段を降りて行った。

見張りの背中が目に入り、思わず心臓が早鐘を打つ。

― 怯むな!行け!
思わず足から震えが上がって来るのを心の中で叱咤して、建物をから足を踏み出した。

建物から出て来たユリウスに見張りの一人が目を止めたが、まるで疑う様子もなくおざなりに会釈をして来た。
ユリウスも小さく会釈をして、建物を離れる。

― 焦るな…。アパートだけを目指して…、慎重に行けば大丈夫。

震える足が一歩…また一歩、危機から遠ざかる。

ユリウスはまるで背中に目がついたように、背後の気配を気にしつつ、ゆっくりゆっくりと歩を進める。

ゆっくりと歩いているのに、身体中から汗が滴り落ちる。

どのぐらい歩いただろうか…、やっと自分が住む地区の運河にかかる橋が見えて来た。

― もう…大丈夫。

ユリウスはそこではじめて歩みを止めて、橋げたに身体を預けて大きく息をついた。

― あと少し。

再びユリウスは歩き出した。
家族の待つ…あのアパートを目指して。
作品名:64 脱出Ⅱ 作家名:orangelatte